バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #732 2020.9.12 O.A.

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バース・デイ“闘将・星野仙一"魂の言葉…青学・原晋監督が敬愛
過去の放送の中から、著名人が心を打たれた名作をご紹介する、My favorite バース・デイ。青山学院大学・陸上競技部監督・原晋。長年、番組のファンだという原が録画し繰り返し見ているのが…2002年の放送回、バース・デイの前身番組zoneから、名将・星野仙一。2004年に原が監督に就任した際、青山学院大学は1976年を最後に、27年連続で箱根駅伝に出場できていなかった。そんな弱小軍団を率い、箱根4連覇を果たすほどの常勝軍団に育て上げた原は、4年連続最下位の阪神を託された星野監督から、多くの事を学んでいた。紹介して頂いたのは、星野が中日の監督を退任し、阪神の監督に就任した時のもの。
中日のエースとして通算146勝。その数字以上に鮮烈だった、闘志むき出しのピッチング。監督に就任しても、戦う姿勢に変わりはなかった。ケンカ野球の異名をとった闘志あふれる采配で2度のリーグ優勝を成し遂げた。球界にこれ程熱い男はいない。その星野が阪神からの熱烈なラブコールを受け新監督に就任。当然のようにその年のオフ1番の注目を浴びた。弱者を強者に。星野には4年連続最下位のチームを根本から作り替える事が求められた。現役、監督を通じて中日一筋25年。中日の顔とも言われた男が、よもや袖を通すとは思わなかった縦縞のユニホーム。最初に取り組んだのは、チームに覇気を取り戻すこと。キャンプ中に行われた野手全員参加のノック。選手たちはまるで高校球児のように大声を張り上げた。少しでも声がなくなると、島野コーチから檄が飛ぶ。「闘志なき者は去れ」星野の言葉に選手達はすばやく反応した。選手たちもまた変わろうとしていた。星野の姿を見つけると、選手達から次々に挨拶の声がかかる。これも、星野が徹底させた事の一つ。星野は改まったミーティングは好まない。気が付いたこと、伝えたいことは、グラウンドで話す。当時、4年連続で最下位だった阪神の選手のメンタルに悩まされた星野。27年間も箱根駅伝から遠ざかっていた、青学の再建を任された原もまた、同じ困難に直面したという。そんな意識改革を進めていた阪神とダイエーの試合。当時、ダイエーの監督、王監督は、かつて阪神同様に負け犬根性の染みついていたホークスを、見事常勝軍団に変身させた指揮官である。この日ベストメンバーを組んできたダイエー。1回表、ダイエーの先頭バッターをサードライナーで抑えたが…星野の表情が変わった。打たれなかったものの初球のコースが甘かったことを星野はキャッチャーに指摘した。その後も目に見えないわずかなミスに星野は目を光らせ、指摘し続けた。原も、送球や走塁など、具体的な指示を繰り返す星野の指導方法こそ、指導者としてのあるべき姿だという。ほめる時はとことんほめるのもまた、星野流。星野は積極的なミスはとがめない。この試合、投手陣も強打のダイエー打線を1点に抑えきり、阪神は勝利を飾った。勝利をおさめ、観客の声援の中を帰路につく。この日戦いを終えた星野の脳裏によぎった、ある想い。「もう1回、胴上げを見て死にたい」生前そう語っていた、亡き妻・扶沙子さん。阪神の監督を引き受けた星野の決断。そこにあったのは、亡き妻への想いだった。名古屋で詠んだ句が、このとき甲子園の監督室に飾られていた。「優勝を亡妻に誓ってキャンプイン」妻への誓いを、甲子園という新天地で果たすべく、幕をあけたペナントレース…
原は、この放送回に“愛”を感じるという。プロ野球界への…そして奥様への…。
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