バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #724 2020.7.11 O.A.

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豊ノ島/高見盛 土俵を沸かせた男達の今
7月場所開催を目指す、大相撲。しかし開催されたとしても、会場は無観客。そんなコロナ禍の直撃を受けた2人の力士がいる。
元小結・高見盛。男は東関親方として新たなスタートを切ったばかりだ。弟子とのソーシャルディスタンスを保ち稽古場の一番奥から檄を飛ばす。ぶつかり稽古は出来るようになったが、部屋の換気は徹底するなど、細心の注意を払っている。稽古は毎朝3時間。その中でも最も時間を割いているのが、基礎トレーニング。四股、すり足、テッポウといった相撲の基本を1時間以上続ける。長い自粛が明け、最も心配なのが、弟子たちのケガだという。弟子を何としても守る。そう語る親方自身、コロナ禍で苦しんだ1人だった。先代の東関親方が亡くなり、東関の名を引き継ぎ、部屋を継承した。だが、新たなスタートを切った矢先、3月場所はコロナウイルスにより、無観客。さらに5月場所は中止に追い込まれるという苦しい日々が続いた。どうすれば、先代から引き継いだ部屋を守れるのか…。悩める日々の支えとなったのが、ファンの存在だった。満員のファンが熱狂する世界を取り戻したい。そう願う親方は、かつて凄まじい人気を誇る力士だった。高見盛といえば、自らを奮い立たせ、会場をひとつにするパフォーマンス。もっとも鍛えていたのは、右肩だった。なんと、右肩を鉄柱にぶつけ、大きなコブが出来るほど鍛え上げた。その右肩で、相手にぶつかり、右腕を相手の左脇の下に入れ、上体を起こす。高見盛の最大の武器が、この右差しだった。闘志あふれる相撲でファンに愛された高見盛だったが、30歳を超えてからは、ケガに泣かされた相撲人生だった。何度も折れかけた心を支えていたのが、東関部屋に伝わるある教えだった。それは、稽古場に掲げられた十の心。先々代の東関親方、元関脇の高見山が心を鍛え、立派な人間になるための道として、掲げた言葉。東関部屋の相撲道がここにある。親方となった今も、その言葉を弟子と共に、毎日読み上げ心を一つに邁進する。先代の親方を亡くし、さらにコロナで強いられた苦しい自粛生活。それでも忍耐の力で前に突き進んでいる。
もうひとり…このコロナ禍の真っただ中で引退した力士がいる。元関脇・豊ノ島。引退後、時津風部屋の部屋付き親方として、若手力士を指導。新たな生活を送っている。井筒親方となった豊ノ島もまわしを締め、毎日土俵に立っている。豊ノ島は身長169センチと小柄ながら、豪快な相撲が持ち味だった。どんな相手にもひるまない闘志あふれる相撲でファンを魅了。だが人気を集める一方で何度も引退の危機に見舞われた相撲人生だった。2016年には、左アキレス腱断裂で、二場所連続休場。33歳で幕下陥落を味わった。そんな時支えてくれたのが家族。辛いリハビリも妻がいつも励ましの言葉をかけてくれた。パパの相撲を応援することが家族にとって大きな喜びだった。だが、十両11枚目で、4勝11敗と負け越し。36歳で再び幕下に陥落した。幕下以下は力士養成員として扱われ、給料はゼロ。引退が頭をよぎったが、次の場所で勝ち越せば、まだ十両に上がるチャンスはある。3月場所を幕下として戦うと決めた。だがその矢先、コロナ禍により3月場所が史上初となる無観客に決定。進退を賭けた場所がファンの歓声がない中での、戦いとなった。会場で声援を送りたい家族も中に入ることは出来ない。最後になるかもしれない戦いを外で見守るしかなかった。幕下以下の取り組みは15日間で7番のみ。その中で序盤から黒星が先行し、5番を終え2勝3敗、もう後がない。そして迎えた6番目…土俵際に右足を残し、執念の投げを打ったが軍配は相手に…負け越しが決まった。もう戦う気力はどこにもない。現役引退をここで決めた。取り組み直後、会場の外で待ってくれていた娘にそのことを告げた。まだ豊ノ島でいて欲しい…そう訴えかけられたが、何度も説得した。現役引退後は井筒親方として相撲界を盛り上げていく。
家族や相撲ファンの声援を力に変え土俵で戦ってきた力士たち。そんな彼らにとって無観客は辛い戦いになるかもしれない。だが、この試練を乗り越えた時、彼らが相撲界を前へ前へと推し進めてくれることを願っている。
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