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BACK NUMBER #632 2018.8.25 O.A.

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松井秀喜×星稜メンバー 5連続敬遠の新事実/前篇
これまで幾多の名勝負が繰り広げられた夏の高校野球甲子園大会。100回の記念大会となった今年も、史上初の2度目の春夏連覇を果たした大阪桐蔭や熱投881球の金足農業・吉田など、多くの球児たちが躍動する姿を見せてくれた。
記念大会の開幕前日、26年前に共に戦った男たちが同窓会を行った。その後、伝説となる“松井秀喜5連続敬遠”の試合で敗れ去った時の星稜高校野球部のメンバーだ。ファンの怒号やスタンドからメガホンの投げ入れなど、異様な空気に包まれた甲子園球場。その現場にいた男たちが一同に会し、初めて語られた心情とは…。
あれから26年、当時の高校球児も40代半ばになっている。集まったのは控え選手やマネージャーを含む13人。会場は、星稜が甲子園出場の時に定宿としていた思い出のホテルだ。キャプテンだった松井はこの同窓会でどうしても会いたい男がいた。当時、松井の後を打った5番・月岩信成。あの5連続敬遠の試合で、のしかかる重圧を跳ね返すことが出来ずにチャンスでことごとく凡退、結果を出せずに敗戦の責任を一身に背負い込んだ男だ。その後、20年近く野球部の集まりにも参加していない。
松井の挨拶で始まった同窓会。懐かしのVTRで同窓会は盛り上がる。勿論、あの試合も含まれていた。メンバーがこれだけ揃って振り返るのは初めてのことだ。この試合、5連続敬遠ばかり語られがちだが、実は様々なプレーが勝負の綾にかみ合っていたのだ。
2回に星稜は2年生センター清水のエラーから先制点を奪われる。
「連続敬遠より自分のミスの方が心に残っている…。」
その思いはピッチャー・山口も同じだった
「松井が敬遠されたから負けたというのは悔しくて。自分がなんとかしていたら勝てたかな…。」
集まったメンバー全員が、松井を助けられなかった後悔の念を抱えていたのだ。その中で誰よりも思い十字架を背負い生きてきた男、5番打者・月岩。消すことの出来ない過去と向き合い、26年生きてきた。久しぶりの仲間たちへの思いを語る。
「今回は自分から参加したくて来ました、皆に会いたくて。あれから26年たちましたけど、未だに誰からも敬遠での試合のことを言われたことが無い。それが逆に僕からすると凄いプレッシャーになって。そろそろ開放してください。今日はイジられに来ました。」
26年たった今、あらためて仲間の思いを聞く松井秀喜。松井自身も自分が敬遠されたことで、仲間が心に傷を負った責任を感じていたのだ。
今も、関わった者、全ての心に刻まれる、あの試合への複雑な思い。それは彼らのその後の人生も左右していた。同窓会で明らかになった奇数な運命を生きる男たちの全貌は後篇で。
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