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BACK NUMBER #621 2018.6.2 O.A.

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8年越しの夢 槙野智章 W杯代表選考の舞台裏
2018年5月31日、その瞬間を日本中が固唾を飲んで見守った。監督・西野朗がロシアW杯日本代表のメンバーを発表。夢のピッチに立つことを許された23人の男たち。そこにW杯への切符をもぎ取った試合でゴールを決めた浅野琢磨や井手口陽介の名前はなかった。そんな中、誰よりも不安を抱え、その時を待っていた男がいる。槙野智章(31)。槙野は自宅で会見を見守っていた。
2010年、W杯・南アフリカ大会が開催された年の1月、日本代表デビューした槙野は最終候補に名を連ねたが落選した。4年後、満を持してブラジル大会出場を狙うも、若手の台頭で27歳の槙野は、はじき出された。2度も繰り返された屈辱。その悔しさを母・令子さんは今も忘れない。実家の槙野の部屋には、過去の栄光を物語る勲章が所狭しと飾られている。今度こそW杯に出場する。31歳でロシア大会を迎える槙野にとって、まさにラストチャンスだ。
3度目の挑戦は前監督のハリルホジッチの下で始まった。ハリル体制になって常に代表へと招集され続けるようになった槙野。しかし、その立場はレギュラーではなく、あくまで控え選手の1人。理由は槙野のプレースタイルにあった。相手チームのキーマンに果敢に挑み、徹底的に抑え込む。そのため、イエローカードをもらうことも少なくなかった。ハリルホジッチはそんな槙野を厳しく指導し、槙野はその言葉をノートに書き記した。そして槙野は、スタミナ豊かな体を、土台から作るためのトレーニングを行った。その成果が現れたのが、2017年11月のブラジルとの試合。日本にとって実に11年ぶりとなるブラジル戦で、槙野がゴールを決めた。その後、スタメンで起用され続けた槙野は、2018年3月のウクライナ戦でもゴールを決め、レギュラー獲得への手ごたえを感じていた。しかし、本番まであと2か月と迫った2018年4月、思いもよらない事態が起こった。ハリルホジッチ監督の解任。目をかけられていた槙野にとって、まさに青天の霹靂だった。積み上げてきた確信は突然、不安へと変わった。メンバー発表前に代表でアピールできるのは残り1試合。残された道はJリーグの試合でアピールすることだった。持ち前のハードワークで懸命の守備をみせ、体を張り、相手のチャンスを潰す。代表発表までの4試合を無失点とし、万全の仕上がりを見せた。そして迎えた代表発表前の最後の国際試合。代表入りに向けた最後のアピールの場で、槙野はスタメンに名を連ねた。そんな息子の姿を広島にいる両親が見守っていた。すると前半6分、槙野に思わぬプレーが。ヘディングで競り合い、ゴール前でファールをあたえてしまう。そして、そのフリーキックで痛恨の失点。さらにその後、相手の肘が槙野の左腕に激突。槙野は鼓舞しながら必死に戦い続けた。しかし後半6分、2点目も奪われてしまう。日本は敗れてしまった。
そして2018年5月31日、ついに運命の時がやってきた。槙野はこの日、自宅でその会見を見守っていた。その頃、広島の両親も祈りながら待っていた。メンバー23人の名前が西野監督から読み上げられていく。そして、槙野の名前も呼ばれた。家族の祈りが天に届いた瞬間だった。
いよいよロシアへ。3度目の正直で初めて大舞台に立つ槙野智章。8年越しの悔しさを世界で晴らす輝かしい活躍を期待している。
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