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BACK NUMBER #618 2018.5.12 O.A.

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メジャー挑戦の道を切り開いた代理人・団 野村
世界最高峰の舞台・メジャーリーグで多くの野球ファンを魅了する大谷翔平。今でこそ何人もの日本人プレーヤーが活躍するのが当たり前の光景となっている。それは今から24年前、近鉄のエースとして活躍していた男・野茂英雄の挑戦から始まった。しかし、その挑戦は当時の日本プロ野球界の常識を覆すことであり、野茂は「ワガママ」「恩知らず」と多くのメディアから叩かれるなど大騒動となった。そんな逆境のなか、野茂の支えとなりメジャー挑戦を実現させた1人の男がいる。日本のおける代理人のパイオニア・団野村(60)。日本人選手がメジャーへ行くシステムそのものが無かった時代、いかにして新たな道を切り開いたのか、その素顔と真実に迫った。
日本野球の歴史を変えた男は、メジャーリーグ選手会公認の代理人として、今もアメリカ・ロサンゼルスの地で精力的に動いている。そんな彼の元には、メジャー移籍を実現した多くの日本人選手の膨大な極秘資料が保管されている。その保管場所の撮影を初めて許された取材カメラは「ノモミスク」と書かれたファイルを発見した。24年前の日本野球史を変えた、野茂英雄の知られざる戦いの資料だ。当時、野茂は4年連続でリーグ最多勝を記録するなど、日本球界を代表するエースだった。そんな中、1試合で191球を投げさせられるゲームなどもあり、ついに彼の肩は悲鳴を上げた。右肩関節炎で登録抹消。そのシーズンオフ、球団はケガで成績を落とした野茂に対して年俸の大幅ダウンを提示した。そんな時、アメリカで代理人をしていた団野村の存在を知り、知人を通して連絡。メジャーの契約や選手の環境を学んだ。野茂は自分の成績をそのデータを元に算出し、複数年契約・出来高払いなどを球団に要望した。前例のない要求に交渉は決裂し、ついに球団は任意引退を提案してきた。任意引退とは、選手希望で引退する場合、復帰する時は元の球団に戻らなければいけないというものだ。そこで団はすばやく動いた。日米のコミッショナーに連絡、国外の球団であれば契約できることを確認した。そのやりとりの資料も残されていた。近鉄球団は話し合いの中身についてノーコメント・任意引退同意書の存在をも否定した。当時のマスコミは野茂の交渉を「ワガママ」「協約違反」と報道し、団は野茂を洗脳する悪徳代理人と呼ばれた。そんな騒動の中、野茂はロサンゼルス・ドジャースと契約し新たな野球人生をスタートさせた。それは団にとっても苦労が報われた瞬間だったという。そして1995年、メジャーデビューを果たすと、オールスターでは先発マウンドに立つなど、活躍。それは、日本野球の歴史に新たな1ページが加えられた瞬間だった。
父はアメリカ人。母は、後にサッチーの愛称で親しまれた野村沙知代さん。母の再婚相手・野村克也の影響で野球に目覚めた団は、ヤクルトにテスト入団。しかし、プロの変化球に全く着いていけず、5年で戦力外通告。野球を諦め切れなかった団はアメリカに渡り、知人の紹介でメジャー球団のスカウトのアシスタントになった。その後、18歳の日本人選手、マック鈴木と出会う。彼の素質に惚れ込んだ団は代理人を買って出る。そして、日本プロ野球を経由しない、初めてのメジャーリーガーを誕生させた。日本人選手を知り尽くした敏腕代理人の誕生だった。
2018年4月、団が日本に帰ってきた。帰国すると必ず訪れる場所、利根商業高校。3年前から野球部のコーチを務めている。日本のプロ野球を変えた男は更なる未来を見ていた。
日米、2つの野球大国の新時代を開いた男・団野村。彼が成し遂げたことの本当の凄さが今、日本人にわかり始めたのかもしれない。
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