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BACK NUMBER #603 2018.1.20 O.A.

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平昌五輪目前 世界が注目する2人の強さの秘密に迫る
幼い頃から、あふれる才能を発揮し、世界のトップにまで登り詰めたアスリートたち。彼もまたその1人。4歳から競技を始め、15歳の若さで、早くも五輪銀メダリストになった。平野歩夢。19歳になった彼は世界の頂点を目指し戦い続けている。そして3歳から競技を始め、31歳で無敵の女王と呼ばれるまでになった小平奈緒。決戦目前、世界が注目する2人の日本人の戦いの日々と強さの秘密に迫る。
<スノーボード・平野歩夢(19)>
その名が世界に轟いたのは今から4年前のソチ五輪。当時15歳、中学3年生の平野が、新たな歴史を切り開いた。15歳でのメダル獲得は、冬季五輪での日本人最年少記録。しかし、この快挙は平野にとって通過点に過ぎなかった。ソチから2年後、ワールドツアーで優勝。さらに五輪と並ぶ最高峰の大会、X gamesでも金メダルを獲得。世界の舞台で平野が好成績を出せる最大の理由。それはハーフパイプから飛び出すジャンプの高さ。世界トップクラスでも約5mと言われる中、平野のジャンプは実に6mにも及ぶ。これはビルの3階に到達する高さだ。平野は、規格外のジャンプに完成度の高い技でソチ五輪以降も国際大会で実績を残してきた、平昌五輪の金メダル最有力候補。誰もが平野の名を迷いなく上げていた。しかし悲劇は突然襲いかかった。五輪まで1年を切った2017年3月。その悲劇の瞬間をカメラはとらえていた。いつものように高くジャンプ。しかし着地に失敗し、そのまま壁に激突。ハーフパイプの壁の高さは約7m。しかもそれは、氷のように固められている状態。平野は6mの自らのジャンプと合わせ約13m、6階建てのビルに相当する高さから落下。その時、上半身を強打。しかも足がねじれながら落ちてしまった。すぐに病院に搬送され精密検査が行われた。左ひざじん帯の損傷。それに加え平野の体は、驚くべき事態に陥っていた。なんと上半身を強打した際、肝臓を損傷。内部出血し、最悪、出血性ショックで命を失いかねない状態だった。医師から言い渡されたのは絶対安静。平昌五輪まで1年を切った大事な時期に、スノーボードはおろか、全く動くことさえ出来なかった。
平昌五輪が9か月後に迫った2017年5月、ようやく練習を再開。しかし、その練習は五輪選手とは思えないものだった。まるで初心者のように緩やかな斜面をゆっくりと滑る。平野はこの地道な練習を1か月間、黙々と積み重ね、ジャンプ台での練習が出来るまでに回復した。そして、平昌五輪まであと5か月となった2017年9月、平野はニュージーランドで行われたW杯に出場。しかしそれは、平野にとってただの復帰戦ではなかった。4年間、五輪の金メダルだけを目指し練習してきたことを1日も早く実践したい。この日、平野が用意したのは、そのために考え抜いた特別なルーティーン。果してそれはどんなものなのか?世界が固唾を飲んで見守った。持ち味の高いジャンプを2回連続成功させると、さらにこれまで公式戦ではやったことのない大技、ダブルコーク1260を見事成功。ケガを恐れぬ強気の技を見せつけた。半年ぶりの復帰戦で、なんと2位に。一時は命の危機にさらされていた19歳が、世界に向け復活を高らかに宣言した。その後も好成績を残し、日本代表に選ばれた平野は、平昌五輪で悲願の金メダルを狙う。
<スピードスケート・小平奈緒(31)>
世界のトップが競うW杯で、2年間負けなし。現在15連勝中の無敵の女王。その名はスピードスケート発祥の国、オランダでも大きく取り上げられている。小平奈緒には限界がない。500m絶対的支配者だ。さらにイギリスのブックメーカーでの平昌五輪での金メダル獲得オッズは現在ダントツの1.2倍。
高校時代、既に国内では敵なし。そのため小平の下には、実業団の強豪チームからの誘いが殺到した。しかし彼女が選んだ進路は意外なものだった。国立・信州大学へ進学。決め手は、信州大学教授でスポーツ科学を研究する結城匡啓の存在だった。結城は、長野五輪の金メダリスト・清水宏保のコーチを務めた男。スケート界きっての理論派として、一目置かれる指導者だ。ただ我武者羅に滑ることに、限界を感じていた小平は、そんな結城に魅力を感じ、直接指導を仰ぎたい一心で、猛勉強の末、信州大学入学を果たした。以来、31歳の今に至るまで、小平は結城に指導を仰いできた。結城が指導する練習法は実にユニーク。一見驚かされるが、そこには確かな狙いが隠されている。
スピードスケートに最も重視するのは力のかけ方。スケートは足を横に蹴り、推進力を得ているように見えるため、横への体重移動が大事だと思われているが、それは全くの誤りだと断言する。そこで編み出したのが両足の足の裏を、交互に接地させながらスケートの際のフォームでゆっくり歩く練習。重心をずらさず前に進む動きを体に覚え込ませているという。そして、スピードスケートで特に技術が要求されるのがコーナリング。1つ間違えれば転倒する。小平もかつては足の運びがうまくなく、外に膨らみ、時間のロスが目立っていた。その克服のため始めたトレーニングが、バケツを支えに小さな円を描く様に滑ること。これで足の運びから体の倒し方を練習しているのだという。コーナーに入る際、スピードは時速60キロ近い。これを減速させず、より内側を滑るには、体の使い方や足の角度にミリ単位の修正が必要となる。小平は、地道なトレーニングを続けることで、究極のコーナリング技術を身につけようとしていた。さらに、理想の滑りはスタートから氷に力を伝え続けること。その理想を追求し始めたのが一本下駄を履くこのトレーニング。一本下駄は力の配分が難しく、うまくしないと、すぐにバランスを崩してしまう。実はこの感覚が、氷上で氷に力を伝える感覚に近く、効果は覿面だという。スポーツ科学の成果を10年以上、一つ一つ着実に積み上げてきた小平。その成果こそ、今、世界が驚く強さなのだ。今や500mでは無敵の女王となり、1000mでは世界新記録を打ち立てるまでになった。
ソチ五輪から4年、日本人アスリートが、様々な汗と涙を乗り越え、再び巡りきた勝負の舞台で、どんな輝きを見せるのか?今から胸が、高鳴っている。
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