スタッフ取材日記

Vol.2ドイツへと旅立つ、ハマっ子ドリブラーの裏話!

2020.07.29 / 文責:H.M(横浜F・マリノス編)

スーパーサッカーの番組ホームページ・リニューアルに伴って、新企画「スタッフ取材日記」がスタート!
番組スタッフのJリーグ取材風景などを紹介していくこの企画。
中継では見られないピッチ外の様子や取材を通じての出来事などアップしていきます。
第2回は横浜F・マリノス編!

日本人27人目のブンデスリーガー誕生!
先週土曜日、横浜F・マリノス、遠藤渓太選手(22)がドイツ・ブンデスリーガ、FCウニオンベルリンへのレンタル移籍を発表しました。
遠藤選手は1997年生まれ。神奈川県横浜市出身。横浜F・マリノスの下部組織で育ち、2016年横浜F・マリノスに入団。
昨シーズンは33試合に出場し7得点を記録し、横浜F・マリノス15年ぶりのJリーグ制覇に貢献。武器はスピードを生かしたドリブル。東京五輪世代のサイドアタッカーです。

(写真)

そんな遠藤選手の裏話を語ってくれる人物を紹介します!
その人物は…今年TBSテレビに入社した、新人の齋藤慎太郎アナウンサー!
なんと齋藤アナウンサーは遠藤選手と横浜F・マリノスユース時代のチームメート。
高校時代、遠藤選手と3年間苦楽を共にしたそうです。

今回、遠藤選手のドイツ移籍にも驚いたそうで、齋藤アナウンサーは、
「ニュースで遠藤選手の移籍を知りました。尊敬しますし、ただただすごい!
海外に挑戦したいという話は以前から聞いていたので、いよいよこの時が来たのか…」
とユース時代を一緒に過ごした仲間について感慨深そうに話してくれました。

(写真)

(左)齋藤慎太郎アナウンサー 当時18歳/(右)遠藤渓太選手 当時18歳
提供:「神奈川県サッカー協会 広報」

そんな齋藤アナウンサーに、遠藤選手のお話を伺うと、
「遠藤選手は負けん気が強い!高校1年生の時はBチームに所属し、本職ではないポジションもやらされていましたが、腐らず練習をして高校2年生になるとAチームに入り、本来のポジションを勝ち取った。チームを引っ張る存在でした。」

チームを引っ張っていた遠藤選手ですが、お茶目な部分もあったそうで、
「マヨネーズが苦手なんですよ、遠藤選手。練習終わりにみんなで食事をするのですが、マヨネーズのかかった料理が出ると、お前これ食べろよと遠藤選手が言ってきて、僕が代わりに食べてあげていました(笑)。練習の帰り道、駅へ向かうまでに田んぼ道があるんですけど、目の前にカエルを見つけると、高校3年生なのに走って追いかけて騒ぎ出すような面白い選手でしたね(笑)」

学年が上がるにつれ順調に試合に出続ける遠藤選手とは対照的に齋藤アナウンサーは、
「周りは本当に技術がある選手ばかり、僕はほとんどベンチ外。スタンドから見守ったサッカー人生でした」
F・マリノスユースの厚い選手層に阻まれ、3年間での公式戦出場は1試合のみだったそうです。
しかし、齋藤アナウンサーにとって最初で最後の公式戦で事件が起きたそうです。
右サイドバックで出場した齋藤アナウンサー。
縦の関係になるポジションの右サイドハーフで出場していたのは、なんと遠藤選手。
試合は進み、相手選手がゴール前にクロス。齋藤アナウンサーがクリアをしようとヘディングを試みるが、ボールに当たらず、遠藤選手の足に当たりオウンゴール。試合は負けてしまったそうです。
「僕がブラインドになってしまって…完全に僕のせいだと思いました。申し訳ないです。そういえばFKの壁も遠藤選手と2人で立ったなぁ。」

齋藤アナウンサーにとって3年間で唯一出場した公式戦。
コンビを組んだのは今回ドイツへと移籍する遠藤選手ということで、当時のことをしみじみと答えてくれました。

最後にドイツへと旅立つ遠藤選手については、
「僕が言うのもおこがましいですが…遠藤選手が苦しい時期もユース時代に見てきました。チャンスをつかみ、これから海外へ挑戦する遠藤選手とサッカーが出来たことは本当に嬉しいです。心から尊敬しています。向こう(ドイツ)に行っても目標をたてて・夢を掴んで欲しいです。一ファンとして応援します!」

いつの日か齋藤アナウンサーが遠藤選手にインタビューをしている様子がテレビ画面を通じて見ることで出来れば嬉しいですね。

遠藤選手、磨き上げたドリブル、持ち前の愛されキャラで、ドイツへ行っても頑張って下さい!
日本より応援しております!

#二俣川から世界へ
#ケイタイケ

次は、鹿島アントラーズ編です!お楽しみに!

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