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大奥のあれこれ

男女逆転の登場人物

「将軍は女、仕えるは美しき男たち…」という奇想天外な“男女逆転”で描かれるドラマ『大奥』ですが、主人公の万里小路有功は史実に基づいたキャラクター設定となっています。
家光に「お万」という呼び名を付けられた有功ですが、実際に家光の側室として存在した「永光院」という女性が有功のモデルとなっています。 ドラマで描かれているのと同じく、永光院は伊勢の名刹・慶光院の院主でしたが、1639年に家光を謁見した際に見初められ、還俗して「万」と名を改めて大奥へ入り、家光の側室となります。
その後、お万は家光の深い寵愛を受けましたが、家光の子供を授かることはできませんでした。これはお万の家柄が低く、将軍家の子を儲ける側室にふさわしくないということで、堕胎薬や不妊薬を飲まされていたという説もあります。しかし、春日局の死後はその後任として、大奥を取り仕切ったそうです。

また、有功に従える玉栄も、「玉」という実在した女性がそのモデルとなっています。
京都の八百屋の娘として生まれたお玉は、母親の再婚相手がお万の実家と交流があったことがきっかけで、1639年、お万が家光の側室として江戸へ下る際に、その侍女(じじょ=お世話係)としてお万と供に大奥へ入りました。
その後、家光に見初めらたお玉は側室となり、1646年に5代将軍となる綱吉を生みます。
1651年、家光が亡くなると落飾(らくしょく=出家)して江戸城を後にし、桂昌院と呼ばれるようになりますが、4代将軍家綱が死去したことにより綱吉が5代将軍となり、再び江戸城へ入ります。その晩年には、女性としては最高位となる「従一位」の官位を授かりました。
余談ですが、「玉の輿」という言葉の語源は、このお玉の立身出世に由るという説があります。

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