インタビュー
- 里見浩太朗さん
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- 今回、2時間スペシャルが決まったときの感想を聞かせてください。
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連続ドラマの終わり方がすごく突然で、もう一度皆さんに見てもらいたいという気持ちがあったので本当に嬉しかったです。周りの人から「楽しみが始まる!」と言っていただけるんですが、一回きりなのが申し訳ないです。そうやって大好きで楽しみにしてくれているからこそ裏切れない、プレッシャーはあるけれど、それに負けないように楽しい作品を作れないといけません。『水戸黄門』は人間としての愛、親子の愛、師弟の愛、そういう情の世界をたどってきました。今回は親子の繋がり、絆をテーマにしていますが、今の人たちがどう捕らえてくれるか心配しながらやっています。
スタッフの皆さんもそれぞれこの番組が始まったことに喜びを感じて、「帰ってきてくれた!」と嬉々として動いているのが伝わってきて、こちらもすごく嬉しいです。長く続いた番組にしかない楽しさ、『水戸黄門』の本当の良さが伝わってくれるといいですね。
- 久しぶりに黄門様を演じてみて、意識したことなどはありましたか?
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ぼくが光圀をやり始めたのは65歳のときでした。これまで演じてこられた東野英治郎さんや西村晃さんたちは、若い頃から老人の役をなさってきていましたが、ぼくは美少年…は言いすぎですね(笑)、美青年の役ばかりでしたので、老練な味が出せなかったんです。放送が始まってからも何となくうまく出せなくてイライラしたものですが、今、78歳になって演じてみて、モニターを見た時「やっと年寄りになった、老公として納得してもらえるかな」と自分でも思いました。
台本を読みながら自分のセリフに線を引いていくんですけれど、自分で読んでいるのに東野さんの声で聞こえてくるんです。12年東野さんの黄門様に仕えて、皆さんに愛していただいたあの魅力、あの頃のレギュラーの繋がりの面白さが頭の中に蘇ってきて、そういう楽しさを今、どう作っていくかという焦りのようなものを感じました。一回きりですしその焦りを余計に感じていて「大丈夫、落ち着け」と言い聞かせながらやっている自分が居ます。
- 今、連続ドラマの時代劇がない中での久しぶりの時代劇ですが…
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ぼくが助さんをやっていた頃、各局に時代劇が必ず一つはあって、常に競い合っていたのに、今はほとんどなくなってしまって寂しいです。やはりどこかの局で週一回は時代劇を放送して欲しいと思います。今、BSやCSなどで古い作品が放送されていますけれど、それはやはり時代劇ファンがいるからなんです。我々は昭和30年代から、本当の時代劇の流れや立ち振る舞いを習ってきました。スペシャルや映画などで頑張っていますが、そういうのを見ながら「時代劇の精神とか分かって作っているのかな、もし知らないなら教えてあげたいな」と思いながら見ていますし、若い人たちの時代劇を、ぼく自身がもっと見たいんです。今回も自分の出ていないシーンでも若い人たちにいろいろとアドバイスをさせてもらっていました。
- 水戸光圀という方の魅力を、改めてどう感じていますか?
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光圀という人は妾腹に生まれ、お兄さんもいて、本来であれば水戸藩の跡継ぎになるはずではなかったのに跡を継いでいます。そして隠居後、兄の息子を次期藩主にするために自分の息子を高松へ養子に出しています。普通ならば誰だって自分の息子を藩主にしたいのに、お兄さんの息子を迎えている、何度も登場するエピソードですが、その光圀の偉さ、立派さを取り上げたかったんです。今回はそれに次期6代将軍・綱豊を絡めて展開していきます。人間はどう生きるか、正直は損、損をしても正直に生きるのが『水戸黄門』、だからこそ講談になって、この番組も40年も続いたのではないかと思いますね。
- ご覧の皆さまにメッセージをお願いします。
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わたしとしても4年ぶりですが、皆さまに見ていただいて「良かった、面白かった」とおっしゃっていただけるように走っています。でも、この光圀が最後だと自分で思っているので、心置きなくやりたいです。
これが最後だと思うと実は寂しいんです。でもその寂しさを通り越した楽しみがそこにあります。「これが最後です、見てください」と、自分を作る楽しさが寂しさに打ち勝って、涙の中から笑いが出るような思いです。
40年続いたこの番組、その時に生まれた子がもう40歳です。おじいちゃん、おばあちゃんの膝の上で見ていた子たち、その膝に乗せていたおじいちゃんたちはもう亡くなってしまっていても、壮年になったその子たちにまた見ていただく我々の立場は「変わりませんよ、見てくださいね」というものです。2時間一回きり、見ている人もぼく自身も納得する『水戸黄門』を作りました。「こういう思いでやっているんだ」と思いながら、是非見てください。