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第204回2000年05月28日
バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院(スペイン)
遺産名:
バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院
The Palau de la Musica Catalana and the Hospital de Sant Pau, Barcelona
所在地:スペイン(Spain)
分 類:C(i)C(ii)C(iv)
登録年:1997
放送日:2000年05月28日
放送回:第204回
バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院
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19世紀、わずか半世紀で産業革命を達成し、世界の主要都市に躍進したバルセロナ。その新市街に建つサグラダ・ファミリア教会は、バルセロナのシンボルとなり、建築家ガウディの名を全世界に知らしめた。しかしガウディの登場の影には、ともに時代を築いたもう一人の建築家の存在があった。その建築家の名はリュイス・ドミニク・イ・モンタネール。
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ドミニク・イ・モンタネールの最高傑作、カタルーニャ音楽堂。バルセロナ建築学校の学長でもあったドミニクのもとにその時代の芸術家が集まり、美の理想を実現した。当時最新の建築材料だった鉄を骨組みに使い、壁一面をステンドグラスで埋め尽くした空間は解放感にあふれている。
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広大な敷地に48もの建物が機能的に配置されたサン・パウ病院。この病院も世界遺産に登録された。サン・パウ病院はあたかもひとつの街のように思わせる。ドミニクは病棟を細かくわけ、その周囲に緑を配して、入院生活が少しでも快適になるよう工夫を試みている。不慮の事故に倒れた天才建築家アントニオ・ガウディは、この病院で息を引き取った。
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バルセロナ郊外、カネットディマールにドミニクのアトリエが博物館として保存されている。この美しい小さな街はドミニクの心の故郷だった。バルセロナの建築界をリードし続けたドミニクは建築学校の校長になり、教え子の中にはガウディもいた。やがて国会議員に当選し、名声をほしいままにしたドミニクは70歳で引退する。第一線を退いた後は、このアトリエで紋章学や考古学の研究に勤しんだ。
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