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舞台『恭しき娼婦』通し稽古レポート
~これは今を生きる私たちの物語~

取材・文 上村由紀子(演劇ライター)

 朝の陽ざしの中、気だるげなジャズが聞こえる。カーテンを開けた女のもとに1人の黒人がやってきて「自分は何もやっていない、あなたもそれを知っているはずだ」と訴える。黒人が去った後、バスルームから白人の青年が現れ、女は彼に昨夜の情事のことを話す。どうやら彼女はアメリカ南部のこの土地にやってきたばかりの娼婦らしいーー。

 初日まで約1週間となった『恭しき娼婦』の稽古場では熱のこもった通し稽古が行われていた。演出を担う栗山民也の声掛けのもと、部屋の明かりが消され、セットが簡易照明で照らされると、現場は心地よい緊張感に包まれる。

 娼婦・リズィーを演じる奈緒は、何をやっても上手く運ばず、新天地でも大きな事態に巻き込まれて混乱し、自身と向き合う主人公の心情を丁寧かつダイナミックに紡ぐ。つねに感情が揺れるキャラクターを噓なく内面に落とし込み、それを体現する姿が見る者の胸を刺す。身体中から、声から、リズィーの血が見えるような演技だ。

 ある思惑を抱えた白人青年・フレッド役の風間俊介。己の価値観が絶対だと思おうとするも、心中にくすぶる自信のなさが露呈する人物像を立体的に立ち上げる。弱いからこそ強者の立場で他者を差別する……屈折を抱えたキャラクターを徹底的に演じきる風間の芝居にはブレがない。

 著名な哲学者でもあるジャン=ポール・サルトルによって本作『恭しき娼婦』が発表されたのは1946年。アメリカ南部に色濃く残る黒人差別、銃社会、白人間にも厳然と存在する階級、女性蔑視。サルトルはそれらを冷徹ともいえる視点で描く。「(無実である)黒人と(有力者の甥である)白人のどちらを事件の犯人として告発し、どちらを救うのか」と選択を迫られるリズィーの姿が今を生きる私たちに恐ろしいほど重なって見えた。犯罪に巻き込まれ、真実を語れば自らの生活が危うくなるとわかっている時、それでも権力者に魂や良心を売り渡すことはないとあなたは断言できるだろうか。これは70年以上前に外国で起きた昔話ではなく、明日、私たち自身に起こるかもしれない現実なのだ。

 強者の側にいる男たちがさまざまな話法を使い、望む答えをリズィーから引き出そうとする展開は上質な心理サスペンスのようでもあった。さて、彼女が下した決断とは。

 血を吐くようなリズィーの言葉は、2022年に生きる私たちに突きつけられた銃口だ。あなたはその銃口から目をそらすことができるだろうか。

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