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為末が世陸直前の市民ランナー直撃「川内はキワモノではない」

川内とはいったい何者なのか―。陸上の世界選手権は、ロシア・モスクワで10日に開幕する。責任編集の為末大(35)が、大会を前に男子マラソン日本代表の川内優輝(25=埼玉県庁)を直撃。17日のレースに向け、独自の取り組みで注目される「公務員ランナー」に迫った。

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2年前、川内君が勤務する春日部高校の文化祭で初めて話す機会があった。実業団に属さず、公務員として走っているという肩書の物珍しさの方が先行している存在だった。僕も市民ランナーとしてのバックグラウンドには興味を持ったものの、選手としての彼にはさして関心はなかった。
ところが、いざ話をすると印象は一変した。自分がなぜこういう練習方法をしているかという説明が明快で、しかも自分の頭で考えた形跡があちこちに見える。あれから2年たち、成績を出し続ける彼は陸上界にとってもはや“きわもの”ではなく、新しいスタンダードを生み出しつつある。

論理的思考 まず、自分で自分のやっていることを説明できる客観性を持っている。愚直、真面目、必死というイメージを持たれている彼の口から「効率的」「選択」「努力しても意味がないものはやらない」という言葉がどんどん出てくる。2年前、そのギャップに驚いた。
一見奇をてらうようなやり方をしている場合、大きく分けて2種類の選手がいる。1つは周囲の注目を集める目的で派手なことをやる選手、もう1つは常識を1回取っ払ってロジカルにつめていった結果、今までの常識から外れたものにたどり着いた選手。話をしてみると、常識外れを意識しているのではない。むしろ自身の体験から、常識からいったん離れてコツコツと考えて積み上げてきた彼にとっては、常識的なやり方だという印象を受ける。

例えば「なぜ試合にたくさん出るのか」と聞くと、「マラソンは経験の種目で、レース展開への対応、ペース配分など長くやってみなければわからないことがある。いくら実戦形式の練習をしても練習は試合になり得ないから、試合経験を重ねていくのが結局、マラソンランナーとして成熟する一番の近道」だと言う。
練習量が少ないことについては「練習量が多すぎると疲れた状態でトレーニングをすることになり、走り過ぎでバネもない。けがのリスクも高く、練習効果も低い。それぐらいだったら練習量を抑えて、それぞれの練習効果を高め、試合を練習化していった方がいい」と答える。常時そんな風に、すべての自分の行動に考えた形跡が見える。

極度な集中力 論理的であり、自分の姿を客観的に見られる一方で、いったんスイッチが入ると極端な集中状態に入るように見える。インタビュー中に自分の世界に入り、勢いよく話し続けて、ふと我に返るということがある。こういう集中状態に入る選手は時々いる。白人で唯一100メートルを9秒台で走っているフランスのルメートルも、試合前に相当な集中状態に入る。一度レース直前にグラウンドで見たことがあるが、周囲は目に入らず、まるで自分しかそこにいないという風だった。

一見すると陸上競技は身体の限界との戦いに思えるけれど、まず自分にブレーキをかけているのは脳であり、心理面だ。人間が本当に持っている力を出しすぎると危険だと脳が判断し、ブレーキをかける。禁止薬物に興奮剤やホルモン剤が含まれているのも、自分自身の脳のリミッターを切ることを目的にしている。恐れ、緊張、注意の散漫、さまざまな心理的理由でパフォーマンスは落ちる。

球技などチーム競技であればある程度、客観性が必要になり、自分自身に浸りきる訳にはいかない。だけど陸上のような個人競技なら自分の力を出し切ることが重要だ。その点において集中しきれる選手は強い。彼がレース後に興奮してまくし立てる姿を見ると、どうも自分の世界に入り込んで集中しきるという能力が高いのではないかと思う。

反骨精神 なぜ川内君は公務員ランナーというやり方を選ぶのか。実業団はおろか、プロとしても十分やっていけるほどの実力も人気もありながら、彼は公務員であり、市民ランナーである自分の立場にこだわっている。質問すると「既存の実業団中心の長距離界に対し、自分のような市民ランナーが活躍することで次の世代に新しい選択肢を作りたい」という答えが返ってきた。

実業団スポーツは、競技者がフルタイムでトレーニングしなければ戦えないというのをベースに仕組みが作られている。大体一つの駅伝チームで年間2、3億円ぐらいかかり、選手はほぼ会社の業務には関わらず、競技だけを行っている。年間の合宿も数回あり、その予算は小さくない。
ところが彼は日常の仕事の合間にトレーニングをする。合宿は休日に行い、試合に出場する時ですら有休を取る。それで並みいる実業団を抑えて代表に選ばれる。その存在自体が、強烈な陸上長距離界へのアンチテーゼになっている。

今、日本のスポーツ界にはドンキホーテは少ない。川内君のようなやり方は教科書的ではない。彼はうまくいったけれど、もちろん同じようにやって失敗する人もたくさんいるだろう。けれどもそうやって多様なやり方で挑む選手が多ければ、その中でハマった選手が世界的に活躍することがある。彼には学生の頃に「自分は主流ではなかった」という思いが強くある。そして高校で活躍できなければ箱根駅伝には出られず、箱根に出られなければ実業団に入れないという大きな流れに対し、カウンターとしての自分を強く意識している印象を持った。

独学の人 僕にとって、彼は独学の人である。公務員試験に独学で受かり、レースを中心に調整するという手法を独学で生み出した。自ら実践する人であり、自らの体験から学ぶ人である。なぜこれほど目立ち活躍できるのかという背景には、市民ランナーということもあるだろうけど、自ら学ぶ人がスポーツ界に少ないことを意味しているのではないか。
川内君のやり方が万人にとって正しい訳ではないだろう。けれど残念ながら彼のように常識を疑えて、実験をできる選手はそんなに多くない。とくに常時チームとして結果を出さなければいけない実業団では、リスクを取って冒険するよりも、既に行われてある程度成果が認められている手法を選びがちなところがある。皮肉なことに、過去に行われた手法から学べることは少なく、結果として学びは小さくなる。

常識とは何だ。本当にいいトレーニングとは何だ。自問自答しながら彼は走り続けるだろう。そしてチャレンジするたびに、何かを学んで成長していく。自ら考え学べる選手を作る。それが今スポーツ界が面しているさまざまな問題を解決する上で一番、重要な事だと思う。(為末大)

為末×川内対談 為末:2年ぐらい前だっけインタビューしたの。あれから強くなったでしょ。
川内:そうですね、経験も積んで、より陸上が面白くなってきました。

為末:男子マラソン代表は5人いますが、自分の立ち位置というか、自分はどんなキャラクターなのか?
川内:ボクは全員とレースで戦っているので、たぶん、レース展開によって、どの選手と一緒に走った方がいいのかとか、うまく影武者みたいな感じで、場合によっては仕掛けて行くこともあるし、サポート役もあるし、いろいろと応用できる選手かなと思います。

為末:今までライバルだった選手ともチームワークで戦ってみたい、こんなレースをしたいというのは。
川内:勝負どころで誰かが仕掛ける思います。そこから先は別問題として、そこに到るまでは各自の選手が、足や気持ちを温存する方がいいと思う。例えば給水を失敗してしまったら近くの選手で融通し合うとか。前回(韓国の)大邱大会でもケニアの選手が普通にやっていたことで、日本もやればいいのにな、と思っていた。集団がばらけた時もお互いに引っ張り合いながら、前を追うことも十分できる。展開に応じて、うまく協力し合えれば、いい結果が出ると思います。

為末:タイムや順位でなくてもこんなことを学んでみたい、もしくは見てる人に見せたいというレースへの意気込みがあれば。
川内:目標は6番。それは絶対に達成したいし、そうなればマラソン界に違った動きが出てくる。後に続く選手にも選択の幅が広がると思う。1つの路線より、いろいろな幅があって、川内みたいにやってみようとか、実業団みたいにやってみようとか、藤原(新)さんみたいにプロでやってみようとか、選択肢があるともっともっと才能の芽というか可能性が広げられる。そのきっかけになるような走りをしたい。

為末:新しい選手が出てきたぞというのを日本、世界に見せたい。
川内:はい。

為末:今から出勤?大変ですね。でも、そのスタイルはいい。こんな形はスポーツ界、特に陸上界はなかったけどいろいろなやり方があって。それを選手が選べる、重要なことです。
川内:まあボクの場合は、セカンドキャリアの問題が発生しないので。

8/6ニッカンスポーツ「為末大学 ニッカンキャンパス」より

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