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第449回2005年05月29日
パナマ・ビエホ古代遺跡とパナマ歴史地区(パナマ共和国)
遺産名:
パナマ・ビエホ古代遺跡とパナマ歴史地区
Archaeological Site of Panam - Viejo and the Historic District of Panama
所在地:パナマ共和国(Panama)
分 類:C(ii)C(iv)C(vi)
登録年:1997,2003
放送日:2005年05月29日
放送回:第449回
パナマ・ビエホ古代遺跡とパナマ歴史地区
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大航海時代にスペイン人たちが続々とアメリカ大陸を目指す中、1513年にバルボアがパナマ地峡を越えてヨーロッパ人として初めて太平洋へ到達した。6年後には現在の首都パナマシティの郊外に太平洋岸で初の植民地が作られ、南米ペルーへの航海の拠点として発展した。写真は世界遺産に登録された歴史地区。17世紀に再建された植民都市の建物や街区が残る。
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1532年、フランシスコ・ピサロ率いる一団がパナマからペルーへ遠征し、アンデス山脈のインカ帝国を制圧した。それ以来、インカ帝国の財宝や、ボリビア産の銀がスペインへ送られたが、当時、通り道はパナマしかなかったため、パナマは物流の重要な中継基地となった。歴史地区にあるサン・ホセ教会の祭壇には、全面が金で装飾された豪華な衝立があるが、そうした黄金はすべてペルーから届いたものである。
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パナマシティの東に、1519年に築かれた最初の植民地の遺構がある。まさにインカ帝国への遠征隊が出航した場所であり、南米の歴史を変えた重要な遺跡として世界遺産に登録された。1671年に、イギリス人のモーガン率いる海賊の襲撃を受け壊滅。その後、植民地は現在の歴史地区に再建された。
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パナマ地峡の古地図を見るとカリブ海と太平洋が最短で60kmあまりに接近している様子がよくわかる。Panamaと表記があるのが太平洋側のパナマ植民地で、カリブ海側のPortobelo(ポルトベロ)との間に、「王の道」と呼ばれる輸送路が整備され、ペルーやボリビアからの荷を運んでいた。ポルトベロや現在のパナマ運河の航路になっているチャグレス川の河口には当時の要塞が残っており、パナマの歴史地区とは別に世界遺産に登録されている。
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