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第420回2004年10月31日
ザンジバル島のストーンタウン(タンザニア)
遺産名:
ザンジバル島のストーンタウン
The Stone Town of Zanzibar
所在地:タンザニア(United Republic of Tanzania)
分 類:C(ii)C(iii)C(vi)
登録年:2000
放送日:2004年10月31日
放送回:第420回
ザンジバル島のストーンタウン
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東アフリカの沖合40km、インド洋に浮かぶ珊瑚礁の島がザンジバルだ。はるか昔からインド洋は、三角の帆をもつ木造船ダウが「人とモノ」を運ぶ海の道だった。19世紀、アラビア半島の王国オマーンが、この通商ルートを支配する。拠点として築かれたのが、珊瑚石を積み上げモルタルで固めた白亜の都ストーンタウンだ。
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アラブの様式が、土着のアフリカの生活に混合した〈スワヒリ文化〉が育まれる。さらにインドやヨーロッパの文物が溶け込み、ストーンタウンで世界が出会った。「ザンジバルで笛を吹けば、湖の人々が踊り出す」と謡われるほど、綿布やビーズは、アフリカ大陸の奥地に住む黒人を小躍りさせ、象牙や奴隷と交換されたのだ。
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揺れるダウ船の中で、陶磁器やガラス・宝石を保管した「ザンジバル・チェスト」。千数百km離れた内陸から運ばれた銅を使い、アラビア半島から伝来した技術で、島独自の家具を生み出した。東アフリカ一帯に新風を吹き込んだのは、移民たちだ。華麗なるイスラーム文様は、まさに文明開化の象徴だった。
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半年ごとに風向きを変え、インド洋を南北に吹き抜ける季節風に乗って、ダウ船は往来した。最盛期、寄港したダウは年に500艘を超える。しかし1890年、栄光の日々は大きく変貌する。国境などなく、自由に行き来できた東アフリカに線が引かれ、西欧列強による植民地化が始まったのだ。ザンジバルは翼をもがれ、時を止めた。
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