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第324回2002年10月27日
ブルッヘ歴史地区(ベルギー)
遺産名:
ブルッヘ歴史地区
Historic Centre of Brugge
所在地:ベルギー(Belgium)
分 類:C(ii)C(iv)C(vi)
登録年:2000
放送日:2002年10月27日
放送回:第324回
ブルッヘ歴史地区
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ブルッヘという街の名は古い北欧の言葉で「船着場」を意味するBrygia(ブリギア)に由来する。街は北海へと続く運河に抱かれバルト海で活躍するハンザ同盟の貿易拠点だった。運河が水の都ブルッヘの交易を支えていたのである。13世紀世界中の商人が集まり、ヨーロッパ商業都市の基盤を築いたブルッヘは中世の美しい景観をそのまま残している。
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ヨーロッパで最も豊だったフランドルの街ブルッヘ。マルクト広場を囲む建物は赤煉瓦で造られ、土台の石はアルプスから運ばれたものである。豊かさの象徴である建物はかつての商業ギルドの館。三角形の小部屋や長方形の出窓、整然とした切妻屋根には、各々のギルドを識別するための飾りが取り付けられている。中世の人々はほとんど文字を読むことが出来なかった。
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百年戦争を通じて1361年ブルゴーニュ公国が誕生、ブルッヘを含むフランドルの街は、100年間独立を守った。最後の国王の娘マリーは「美女の中の美女」と讚えられ、ブルッヘで最も愛された女性である。彼女は、後の神聖ローマ皇帝マクシミリアンと結婚したが、狩りの途中落馬し25歳でこの世を去った。彼女の死で公国は終焉を迎え、街はハプスブルグ家の支配下となる。
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第2回十字軍の遠征に参加したフランドル伯は、コンスタンチノープルからキリストの聖遺物を持ち帰った。ブルク広場の礼拝堂に納められている聖血である。水晶の容器に守られた聖血には受難の歴史があった。スペイン軍やフランス軍から守るため300年の間転々とした聖血は、時には地中に埋められ、時には貴族の寝室の秘密の壁に隠された。聖血が戻ったのは1819年の事である。
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