バックナンバー:バース・デイ

BACK NUMBER #710 2020.4.4 O.A.

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バース・デイ15年の歴史…アスリート涙の瞬間
様々な局面でアスリートが流す涙。歓喜の時…悔しさを味わったとき…現役に幕を下ろしたとき…カメラがとらえた、その数々の瞬間。2005年の放送開始から15年「バース・デイ」では様々な分野で情熱を傾け、戦う人々を追い続けて来た。そんな番組の歴史の中で印象に残ったアスリートの涙のシーンを厳選した。
2005年世界陸上、降りしきる雨の中、男はその場に泣き崩れた。為末大。2001年世界陸上の400mハードル決勝では為末が両親の前で偉業を成し遂げる。日本短距離界史上初のメダル、銅メダルを獲得。この快挙を誰よりも喜んだのは、父・敏行さんだった。そんな父の為にもう一度メダルを獲る。その想いを胸に海外で練習をしていた為末に父が末期ガンで亡くなったという知らせが届いた。父の死から2年。2005年の世界陸上、400mハードル。ファイナリストの中で自己ベストは最下位。そんな厳しい状況の中、為末が奇跡を起こした。魂の走りでもぎ取った銅メダル。天国にいる父に捧げた。
千葉ロッテ・マリーンズ一筋10年、岡田幸文。数々のスーパープレーで幾度もチームを救いファンを魅了してきた。その岡田の最後の雄姿を応援にかけつけたのが3人の娘と11歳年上の妻・由美子さん。実は、入団から引退までの10年間、別居生活をしてきた岡田と家族。2008年、社会人から育成でロッテに入団した岡田。その2年前に由美子さんと結婚。すでに2人の幼い娘がいた。年俸は240万円で契約金なし。なんの保障もないプロの世界に飛び込もうとする夫を当時妻は反対。それでも夢を諦めきれない岡田は2年間だけ挑戦させて欲しいと妻を説得した。プロ1年目に、育成から支配下選手に昇格。そして妻と約束した2年目、大仕事をやってのける。日本シリーズで日本一をもぎ取る値千金の勝ち越し打。この活躍もあり、年俸も1000万円に。それでも千葉県のワンルームマンションで家族と離れ一人暮らしをしていた。由美子さんは栃木県にある自宅で娘を育てながら、市役所に務め公務員として働いていた。戦力外になったら0になる、厳しい世界で戦っている夫。そこには妻としての覚悟と信念があった。そんな家族に頑張っているパパの姿を見せたい。その一心で岡田は打席に立ち、プロ3年目以降はレギュラーに定着。ゴールデングラブ賞を獲得するなど育成選手からチームの看板選手にまで這い上がった。そして現役最後の打席、見事なヒットを放ち、家族に忘れられない記憶を残した。試合後の引退セレモニー。鳴りやまないファンの大声援に岡田は込み上げる思いが抑えきれなかった。パパのユニホーム姿はこれが最後。娘たちの目にも涙が…。妻・由美子さんも夫の姿をその目にしっかりと焼き付けた。
2005年、夫婦二人三脚で極限の肉体美を目指すボディービルダー合戸孝二に密着した。トレーニングの補助をするのが、12歳年下の妻・真理子さん。トレーニングはまず、自力で筋肉に負荷をかけることから始まる。そして、あまりの負荷に筋肉が動かなくなり始めたその時が妻の出番。妻は心を鬼にして黙々と夫の体をいため続ける。ボディービルダーにとってトレーニング以上に辛いのが減量。食事も妻・真理子さんが徹底して管理している。合戸にはどうしても勝ちたい戦いがあった。それは、日本一を争う日本ボディビル選手権。それまで、合戸は最大のライバル、大会をそれまで4連覇していた田代に阻まれていた。2005年、何が何でもこのタイトルを取る。出場者の中で最年長の合戸は並々ならぬ思いで日本選手権に挑んでいた。夫婦二人三脚で歩んできた12年。ついに頂点に立った。その瞬間胸に込み上げる思いが。どんなに負け続けても決して諦めなかった44歳が今も破られていない歴代最年長優勝を果たした。
15年に渡り、「バース・デイ」が追い続けた、アスリートたちの戦い。その涙には、語り尽くせない人間ドラマが、秘められていた。
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