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BACK NUMBER #599 2017.12.16 O.A.
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雑草・木村翔vsエリート・五十嵐俊幸 大晦日のリングに懸ける想い
2017年7月、中国・上海で行われた世界フライ級タイトルマッチ。この時の王者は、中国13億人の英雄、ゾウ・シミン(36)。北京、ロンドンと2大会連続で五輪金メダルを獲得。プロに転向すると、わずか10戦で世界王座に上り詰め君臨。元国営放送の人気アナウンサーを妻に、年収は中国のスポーツ選手でトップクラスの4億円以上。誰もが憧れるスーパースターだ。そんな中国の国民的ヒーローに敵地で挑んだのが、当時、世界ランク7位だった木村翔。ゾウ・シミンの相手ということで、日本で無名だった彼にも地元メディアが殺到した。もちろん誰もがチャンピオンの勝利を確信していた。老獪なテクニックでポイントを重ねるゾウ・シミン。完全アウェーで圧倒的不利な状況だった。しかし迎えた11R。木村が勝負に出た。息着く間もなくパンチを浴びせ、チャンピオンを圧倒すると、中国の国民的ヒーローを敗り、新チャンピオンとなった。日本人の敵地での王座奪取は、実に36年ぶり5人目の快挙だ。試合後、中国では壮絶なラッシュで勝利した木村がネットを中心に話題となった。さらに英雄ゾウ・シミンに勝利したということで、数々のテレビ番組でも取り上げられた。すると、東京・高田馬場にある木村のジムに、中華圏の人々が殺到。今や中国で最も有名な日本人の1人となった。しかしなぜ、中国の英雄、ゾウ・シミンに勝った彼がヒールではなくヒーローとして受け入れられているのか? そこには中国で放送され多くの人々の共感を呼んだ木村のドラマチックな人生があった。
埼玉県熊谷市で生まれた木村は、中学3年でボクシングを始めた。強くなりたいその一心でのめり込み、高校1年の時、インターハイに出場。しかし、わずか1年でボクシング部を退部してしまう。その後、不良少年となりケンカ三昧の日々。高校卒業後もボクシングとは無縁の生活を送っていた。しかし、そんな木村に人生の転機となる悲劇が…。それは母・真由美さんの突然の死。母の死をきっかけに、自分を見つめなおした木村はボクシングを再開した。高校時代、ボクシングを辞めた後、今も完治していない腹痛や血便に悩まされる難病に苦しんでいた。そんな自分に寄り添い、投げ槍になる心をつなぎ止めてくれたのが母だった。母が応援してくれていたボクシングで世界チャンピオンになることが恩返し。母の死がきっかけにプロボクサーを目指し、デビューしたのは24歳。するとKO勝利を連発。そんな木村は、生活のため週6日アルバイト。朝7時から午後3時までの8時間。この仕事は世界チャンピオンになった今も続けている。さらに現在、木村が住むのはわずか5畳の1ルーム。我々が思い描く世界チャンピオンの家とは懸け離れたものだ。亡き母への親孝行を。そんな思いを胸にボクシングと向き合い、チャンピオンベルトを手にした木村。そんな木村の今を中国のテレビ局が取材。放送されると、そのストイックな姿がたちまち共感を呼び、中国のヒーローになった。
大晦日の決戦はそのビッグチャンス。木村にとって絶対に負けられない戦いだ。それは所属する東京・高田馬場の青木ジムにとっても同じ。建物は古く、設備もかなり使い込まれている。それもそのはず、このジム設立から70年以上という由緒あるジムだが、世界チャンピオンを出したのは、木村が初めて。今回の防衛戦は、木村自身だけでなくジムにとっても、負けるわけにはいかない戦いなのだ。様々な思いを乗せ、過酷さを増すトレーニング。しかし、決戦を前に木村に大きな壁が立ちはだかる。
初の防衛戦となる対五十嵐戦のため木村は香港で合宿を行った。木村は、相手の懐に入りパンチを繰り出す典型的なインファイター。それに対し、挑戦者・五十嵐はフットワークで相手との距離を測るサウスポーのアウトボクサー。実はプロ入り後、木村の唯一の敗戦はサウスポー相手のデビュー戦。開始わずか15秒で1度目のダウンを喫すると、さらに、まさかの1R、1分15秒でのKO負け。大晦日の相手、五十嵐はその苦手なサウスポー。デビュー戦以来、苦手意識のあるサウスポーとの対戦は、極力避けてきた。しかし今回はそうはいかない。世界ランカーで、木村より2階級上のサウスポーを相手にスパーリングを重ねる。いつもなら、果敢に前に突進し、パンチを繰り出す木村だが、思い通りのボクシングが全く出来ない。この合宿で行った世界ランカーのサウスポーとのスパーリングは、24Rに及んだ。さらにスタミナをつけるため、1R3分ではなく、4分という過酷なスパーリングも行った。サウスポー相手に、ここまで250R近く、スパーリングを続けてきた。苦手意識も少なくなってきた。
一方、対戦相手の五十嵐もハードなトレーニングを連日続けていた。五十嵐が所属するのは、日本最大手の名門・帝拳ジム。これまで輩出してきた世界チャンピオンは、現役を含め、実に12人にも上る。現在、所属する選手に山中慎介。さらに今年10月、世界王座を奪取した村田諒太がいる。そんな仲間と汗を流す五十嵐もまた、実は元世界チャンピオン。これまでエリート街道を走り続けてきたボクサーだ。高校でボクシングを始め、インターハイ、国体の2冠を達成。大学では、アテネ五輪日本代表に選ばれた。そして卒業後、鳴り物入りで帝拳ジムへ。28歳で世界フライ級の王座を獲得、悲願のチャンピオンに。2人の王者が絶賛するスピードに加え、もう1つ五十嵐には武器がある。それが鉄壁のデフェンス力だ。事実、五十嵐はアマチュア時代から123戦で1度もダウンがない。王者相手に全く臆するところはない。実は今回の戦いは、五十嵐にとって忌ま忌ましい過去へのリベンジ。4年半前、王者として家族の前で挑んだ世界戦。今回と同じく、日本人同士の対戦だった。王者になって1年足らず。2度目の防衛戦だったが、五十嵐は敗れた。この時から長くて辛い4年半が始まった。王座陥落直後、ガソリンスタンドでのアルバイトを始めた。ファイトマネーだけでは家族を養えない。それが王座を失った現実だった。さらにフィットネスジムでインストラクター。これも生活費を稼ぐ仕事の一貫だ。愛する家族のために必死に耐え抜いた4年半。大晦日は33歳でようやく手にした世界戦なのだ。決戦の日が迫るとともに五十嵐のトレーニングもハードなものに。家族への思いを胸に戦いに挑む。
亡き母への誓い、雑草魂で初防衛に挑む木村翔(29)。失った人生の忘れ物を取り戻したい五十嵐俊幸(33)。今年の大晦日は、この2人から目が離せない。
埼玉県熊谷市で生まれた木村は、中学3年でボクシングを始めた。強くなりたいその一心でのめり込み、高校1年の時、インターハイに出場。しかし、わずか1年でボクシング部を退部してしまう。その後、不良少年となりケンカ三昧の日々。高校卒業後もボクシングとは無縁の生活を送っていた。しかし、そんな木村に人生の転機となる悲劇が…。それは母・真由美さんの突然の死。母の死をきっかけに、自分を見つめなおした木村はボクシングを再開した。高校時代、ボクシングを辞めた後、今も完治していない腹痛や血便に悩まされる難病に苦しんでいた。そんな自分に寄り添い、投げ槍になる心をつなぎ止めてくれたのが母だった。母が応援してくれていたボクシングで世界チャンピオンになることが恩返し。母の死がきっかけにプロボクサーを目指し、デビューしたのは24歳。するとKO勝利を連発。そんな木村は、生活のため週6日アルバイト。朝7時から午後3時までの8時間。この仕事は世界チャンピオンになった今も続けている。さらに現在、木村が住むのはわずか5畳の1ルーム。我々が思い描く世界チャンピオンの家とは懸け離れたものだ。亡き母への親孝行を。そんな思いを胸にボクシングと向き合い、チャンピオンベルトを手にした木村。そんな木村の今を中国のテレビ局が取材。放送されると、そのストイックな姿がたちまち共感を呼び、中国のヒーローになった。
大晦日の決戦はそのビッグチャンス。木村にとって絶対に負けられない戦いだ。それは所属する東京・高田馬場の青木ジムにとっても同じ。建物は古く、設備もかなり使い込まれている。それもそのはず、このジム設立から70年以上という由緒あるジムだが、世界チャンピオンを出したのは、木村が初めて。今回の防衛戦は、木村自身だけでなくジムにとっても、負けるわけにはいかない戦いなのだ。様々な思いを乗せ、過酷さを増すトレーニング。しかし、決戦を前に木村に大きな壁が立ちはだかる。
初の防衛戦となる対五十嵐戦のため木村は香港で合宿を行った。木村は、相手の懐に入りパンチを繰り出す典型的なインファイター。それに対し、挑戦者・五十嵐はフットワークで相手との距離を測るサウスポーのアウトボクサー。実はプロ入り後、木村の唯一の敗戦はサウスポー相手のデビュー戦。開始わずか15秒で1度目のダウンを喫すると、さらに、まさかの1R、1分15秒でのKO負け。大晦日の相手、五十嵐はその苦手なサウスポー。デビュー戦以来、苦手意識のあるサウスポーとの対戦は、極力避けてきた。しかし今回はそうはいかない。世界ランカーで、木村より2階級上のサウスポーを相手にスパーリングを重ねる。いつもなら、果敢に前に突進し、パンチを繰り出す木村だが、思い通りのボクシングが全く出来ない。この合宿で行った世界ランカーのサウスポーとのスパーリングは、24Rに及んだ。さらにスタミナをつけるため、1R3分ではなく、4分という過酷なスパーリングも行った。サウスポー相手に、ここまで250R近く、スパーリングを続けてきた。苦手意識も少なくなってきた。
一方、対戦相手の五十嵐もハードなトレーニングを連日続けていた。五十嵐が所属するのは、日本最大手の名門・帝拳ジム。これまで輩出してきた世界チャンピオンは、現役を含め、実に12人にも上る。現在、所属する選手に山中慎介。さらに今年10月、世界王座を奪取した村田諒太がいる。そんな仲間と汗を流す五十嵐もまた、実は元世界チャンピオン。これまでエリート街道を走り続けてきたボクサーだ。高校でボクシングを始め、インターハイ、国体の2冠を達成。大学では、アテネ五輪日本代表に選ばれた。そして卒業後、鳴り物入りで帝拳ジムへ。28歳で世界フライ級の王座を獲得、悲願のチャンピオンに。2人の王者が絶賛するスピードに加え、もう1つ五十嵐には武器がある。それが鉄壁のデフェンス力だ。事実、五十嵐はアマチュア時代から123戦で1度もダウンがない。王者相手に全く臆するところはない。実は今回の戦いは、五十嵐にとって忌ま忌ましい過去へのリベンジ。4年半前、王者として家族の前で挑んだ世界戦。今回と同じく、日本人同士の対戦だった。王者になって1年足らず。2度目の防衛戦だったが、五十嵐は敗れた。この時から長くて辛い4年半が始まった。王座陥落直後、ガソリンスタンドでのアルバイトを始めた。ファイトマネーだけでは家族を養えない。それが王座を失った現実だった。さらにフィットネスジムでインストラクター。これも生活費を稼ぐ仕事の一貫だ。愛する家族のために必死に耐え抜いた4年半。大晦日は33歳でようやく手にした世界戦なのだ。決戦の日が迫るとともに五十嵐のトレーニングもハードなものに。家族への思いを胸に戦いに挑む。
亡き母への誓い、雑草魂で初防衛に挑む木村翔(29)。失った人生の忘れ物を取り戻したい五十嵐俊幸(33)。今年の大晦日は、この2人から目が離せない。