井岡一翔
井岡一翔
井岡 一翔/Kazuto Ioka
- WBA世界ライトフライ級王者(防衛2)
元WBC・WBA世界ミニマム級統一王者 - 生年月日
- 1989年3月24日
- 出身
- 大阪府堺市
- プロ通算戦績
- 13戦13勝(9KO)無敗
- アマチュア通算戦績
- 105戦95勝(64KO・RSC)10敗
- タイプ
- 右ボクサーファイター
- 所属
- 井岡ジム
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全成績:13戦13勝(9KO)無敗
日付 結果 対戦相手 1 2009.4.12 ○ 3RTKO トンタイレック・ポーウォラシン (タイ) 2 2009.7.26 ○ 2RTKO 松本 博志 (角海老宝石) 3 2009.12.29 ○ 判定勝利 國重 隆 (大阪帝拳) 4 2010.4.18 ○ 判定勝利 ヘリ・アモル (インドネシア) 5 2010.7.25 ○ 9RTKO アルバート・アルコイ (フィリピン) 6 2010.10.10 ○ 10RTKO 瀬川 正義 (横浜光)
日本ライトフライ級王座決定戦7 2011.2.11 ○ 5RTKO オーレドン・シッサマーチャイ (タイ)
WBC世界ミニマム級タイトルマッチ8 2011.8.10 ○ 判定勝利 ファン・エルナンデス (メキシコ)
WBC世界ミニマム級タイトルマッチ 防衛19 2011.12.31 ○ 1RTKO ヨードグン・トーチャルンチャイ (タイ)
WBC世界ミニマム級タイトルマッチ 防衛210 2012.6.20 ○ 判定勝利 八重樫東 (大橋)
WBC・WBA世界ミニマム級王座統一戦11 2012.12.31 ○ 6RTKO ホセ・ロドリゲス (タイ)
WBA世界L.フライ級タイトルマッチ12 2013.5.8 ○ 9RKO ヴィサヌ・ゴーキャットジム (タイ)
WBA世界L.フライ級タイトルマッチ 防衛113 2013.9.11 ○ 7RKO クワンタイ・シスモーゼン (タイ)
WBA世界L.フライ級タイトルマッチ 防衛2
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略歴叔父の元2階級制覇世界王者・井岡弘樹(現井岡ジム会長)の影響で中学1年の時に井岡弘樹が所属していたグリーンツダジムでボクシングを始める。
中学3年時に井岡弘樹が設立した井岡ジムに移籍。
興國高等学校に進学し、2年時にライトフライ級で選抜大会・インターハイ・国体の高校三冠を達成。
2009年1月プロテストに合格し、4月にプロデビュー戦。 大阪府立体育館に8000人を集めたメインイベントで トンタイレック・ポーウォラシン(タイ)対戦し、3RTKO勝利。
2009年7月日本ミニマム級7位の松本博志(角海老宝石)と対戦し、2Rにダウンを奪い そのまま連打でまとめTKO勝利し日本ランク入り。
2009年12月世界ランカーの國重隆(大阪帝拳)に3-0の判定勝ちを収め、その後世界ランク入り。
2010年10月日本ライトフライ級王座をかけ、瀬川正義(横浜光)との王座決定戦を行い、10RTKO勝利で初のタイトルを獲得した。
2010年12月世界挑戦に専念するため日本王座のベルトを返上した。
2011年2月神戸ワールド記念ホールにてオーレドン・シッサマーチャイ(タイ)とのWBC世界ミニマム級タイトルマッチに挑戦。2度のダウンを奪い、王座獲得。この試合の勝利によって、それまで辰吉丈一郎と名城信男が保持していた 国内最速記録を更新する、7戦目での世界王座獲得に成功。
2011年8月当時同級1位のファン・エルナンデス(メキシコ)と世界初防衛戦を行い、3-0の判定勝利。
2011年12月大晦日に行われた2度目の防衛戦では、当時同級10位のヨードグン・トーチャルンチャイ(タイ)を1R98秒で マットに沈め、日本人選手による世界王座防衛戦としては最速記録を打ち立てた。
2012年6月日本初の団体王座統一戦が行われ、3-0の判定で、WBA世界ミニマム級王者の八重樫東(大橋)を破り日本人初の両団体統一王者となった。同月末にWBCのベルトは返上。
2012年9月WBAミニマム級王座のベルトを返上。
2012年12月31日親友・宮崎亮と臨んだW世界タイトルマッチにてホセ・A・ロドリゲス(メキシコ)を6RTKOで勝利し 日本人最短となる11戦での二階級制覇を達成。
2013年5月8日初防衛戦でヴィサヌ・ゴーキャットジム(タイ)と対戦。
9RKOでL・フライ級初防衛に成功し、無配記録を12に延ばした。
2013年9月11日2度目の防衛戦でクワンタイ・シスモーゼン(タイ)を7RKOで勝利し世界戦3戦連続KO勝利し連勝記録も13に伸ばした。