8月4日開幕

世界陸上で生まれた世界記録27

競技よりも信仰を大切にする男が完成させた 究極のスピードと技術の融合

イエテボリ世界陸上男子三段跳び2回目の試技で、ジョナサン・エドワーズ(イギリス)は18m29と自身が1回目にマークした18m16(人類初の18mジャンプ)を更新した。
3つの跳躍距離は6m05、5m22、7m02。第一跳躍のホップの数値が小さくなっているのは、踏切板につま先が少し乗るだけだったからだろう。それよりも、第三跳躍のジャンプが伸びたことが記録更新を可能にした。

「1回目に18mを出せたので、リラックスして跳ぶことができました。2回目は精神と肉体が見事に一致したと思う」
落ち着いた喜び方、という印象は1回目と同じだが、2回目はひざまずいて地面にキスをした。神への感謝から出た行動だった。

エドワーズは当時29歳。
陸上競技を仕事としている他のトップ選手たちとは異なり、大学卒業後は遺伝子の研究職に従事していた。88年ソウル五輪、92年バルセロナ五輪と出場したが予選落ち。93年の世界陸上シュツットガルト大会で銅メダルを取ったことを機に、競技中心の生活に転身した。
敬虔なクリスチャンとして知られ、91年世界陸上東京大会では、三段跳びの予選が日曜日だったために欠場。“安息日に戦いをしない”という宗教上の教えを守っていたが、93年以降は日曜日にも試合に出るようになった。競技をしても、信仰心は貫くことができると考えられるようになったのだ。

「(18mを跳んでも)私のスタイルは変わりません。私にはまず神がある。そして良き父親であり、良き夫でありたい。競技者としての自分は、その次になります」 謙虚な人柄は変わらなかったが、エドワーズの助走は当時、どんどんスピードが増していた。その跳躍は、水平方向のスピードを殺さずに前方向に跳び抜けていくのが特徴。特にホップとステップを力強く、上方向に跳ぶスタイルとは対照的だ。

エドワーズの三段跳びは、投げた石が水面を弾んで進む“水切り”にも例えられる。そのための筋力やジャンプ力も向上させたが、スピードとテクニックがより高度に求められた。イエテボリ大会翌年の1996年春に、エドワーズは100mを10秒48で走っている。三段跳の世界歴代10傑選手のなかでは最速である。

イエテボリ大会の助走最後の2歩は、カール・ルイス(アメリカ)の東京大会走り幅跳びよりも速かった。踏み切り手前で減速しなければ、俗にいう“潰れた跳躍”になってしまうが、エドワーズは減速が小さくても踏み切ることができる。「18mの秘密はそこにある」と、エドワーズも認めていた。
18m29は、できる限りのスピードと技術の融合をエドワーズが完成させた、“水切りジャンプ”に近い芸術作品だった。

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