8月4日開幕

世界陸上で生まれた世界記録27

人類初の9秒8台もカール・ルイス! スプリンターとして集大成の走り

「競技人生最高の日だ」
第1回大会の走り幅跳びと4×100mリレーの同日Vを達成したときと、カール・ルイス(米国)の台詞は同じだった。違いは22歳だった年齢が30歳になっていたことと、瞳を濡らした涙だった。

ルイスらしさが現れたレースだった。
スタートで出遅れ、10m地点は8人中6位タイで通過した。銀メダルのL・バレル(米国)、銅メダルのD・ミッチェル(同)らとの差は開き続けた。50m通過はその2人から0.06秒差。距離にして0.7mほど遅れ、順位は6位のままだった。
しかし、後半こそがルイスの真骨頂。怒濤の追い上げで80mまでに4人を抜くと、90mでバレルをかわしてフィニッシュした。100mレース中のスピードは通常50mか60mでピークに達するが、東京のルイスは80mでトップスピード(秒速12.05m)が出ていた。
9秒8台の速報値がタイマーに表示されると、国立競技場のスタンドは、大歓声で地鳴りのように震え続けた。

「私は幸せすぎて、この気持ちをどう表現していいかわからない」
当時のルイスは、スプリンターとしては下り坂と見られていた。1988年ソウル五輪で9秒93の世界記録を出した後は、自己記録を更新できていなかったし、東京大会2カ月前の全米選手権では、クラブの後輩のバレルが9秒90と世界記録をルイスから奪っていた。
しかし五輪、世界陸上とも2連勝中のルイスは、本番にしっかりと合わせてきた。9秒88と世界記録を上回りながら敗れたバレルは、「カールの方が精神的に成熟していた」と、6歳差の先輩を称えた。

ルイスが平地初の9秒台となる9秒97を出したのが、1983年5月。3カ月後に初代世界陸上チャンピオンになり、その8年後に人類初の9秒8台を、世界陸上3連勝と同時に達成した。
「30歳でベストレコードを出せるとは、以前は考えられなかった。バレルがいなかったら、この記録は生まれなかったと思う…」
会見中にルイスは声を詰まらせ、目頭を何度も押さえた。
「…やはり、私は幸せすぎる」
大会2日目に行われた男子100mは、世界中の陸上ファンの心を揺さぶった。だが、東京大会の感動は、これで終わりではなかった。

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