法案の現状
  2002年3月8日に閣議決定し、通常国会に提出。実質審議入りはしていない。

法案の概要
  同法案は、人権侵害を受けた被害者を救済するために「人権委員会」(法務省が管轄する、国家行政組織法第3条に基づく独立行政委員会)を新設することがその骨子。
  法案では、一般的な人権侵害行為とは別に、特に救済が必要な人権侵害行為として「差別」「虐待」などと並べて「報道による人権侵害」を挙げ、これについては人権委員会に、
  1. 当事者間を調停・仲裁する
  2. 人権侵害行為を止めるよう勧告する
  3. 勧告に従わない場合はその旨を公表する
  4. 被害者が加害者を訴えた場合に訴訟を援助する
といった権限を与えるとしている。

  救済の対象となる「報道による人権侵害」は、取材・報道の対象者が犯罪被害者等(1.犯罪行為により被害を受けた者、2.犯罪行為を行った少年、3.犯罪行為により被害を受けた者又は犯罪行為を行った者の配偶者、直系若しくは同居の親族又は兄弟姉妹)であり、プライバシーを侵すような報道や“過剰な”取材行為が行われた場合としている。“過剰な”取材行為については、当該者が取材を拒否している場合に、「つきまとい」「待ち伏せ」「進路に立ちふさがり」「通常所在する場所の付近で見張り」「押しかける」「電話、ファクシミリで送信する」などの行為を「継続」「反復」した場合と定義している。

法案の問題点(報道との関連)
  法務省は報道の自由に配慮して救済の対象を限定したとしているが、犯罪被害者等が政治家や官僚などの公人である場合でも、特に除外していない。また、事件発生当初などに犯罪被害者等の定義に当てはまるかどうか不明確な場合には、人権委員会の判断により、救済の対象とするかどうか決定されることになる。一方、“過剰な取材”として法案に列挙されている取材活動は、見方を変えれば熱心な取材活動であり、国民の知る権利に応えるためには必要とされる場合も多い。これに対して中止を勧告されるようなことになれば、取材・報道活動が非常な制約を受けることになる。
  人権委員会は、総理大臣が両議院の同意を得て任命する5人の委員で構成され、法務大臣から独立して権限を行使するとされているものの、こうした救済活動を実際に担うのは法務省の人権擁護局を改組して作られる事務局が中心となる。また、法務省の地方法務局に事務委任することも定められているため、取材・報道活動に行政機関が直接介入してくる可能性が強い内容となっている。

民放連の対応
  民放連は閣議決定に先立つ3月7日に、日本新聞協会、NHKとともに「政府機関による報道への不当な干渉につながりかねず」「現状の法案を容認することはできない」とする共同声明を発表し、安倍内閣官房副長官に手渡した。

人権擁護法案(抜粋)

(目的)
第一条
この法律は、人権の侵害により発生し、又は発生するおそれのある被害の適正かつ迅速な救済又はその実効的な予防及び人権尊重の理念を普及させ、及びそれに関する理解を深めるための啓発に関する措置を講ずることにより、人権の擁護に関する施策を総合的に推進し、もって、人権が尊重される社会の実現に寄与することを目的とする。

(人権侵害等の禁止)
第三条
何人も、他人に対し、次に掲げる行為その他の人権侵害をしてはならない。

(略)

2 何人も、次に掲げる行為をしてはならない。
一 人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由として前項第一号に規定する不当な差別的取扱いをすることを助長し、又は誘発する目的で、当該不特定多数の者が当該属性を有することを容易に識別することを可能とする情報を文書の頒布、掲示その他これらに類する方法で公然と摘示する行為
二 人種等の共通の属性を有する不特定多数の者に対して当該属性を理由として前項第一号に規定する不当な差別的取扱いをする意思を広告、掲示その他これらに類する方法で公然と表示する行為

(設置)
第五条
国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項の規定に基づいて、第一条の目的を達成することを任務とする人権委員会を設置する。
2 人権委員会は、法務大臣の所轄に属する。

(職権行使の独立性)
第七条
人権委員会の委員長及び委員は、独立してその職権を行う。

(組織)
第八条
人権委員会は、委員長及び委員四人をもって組織する。
2 委員のうち三人は、非常勤とする。

(不当な差別、虐待等に対する救済措置)
第四十二条
人権委員会は、次に掲げる人権侵害については、前条第一項に規定する措置のほか、次款から第四款までの定めるところにより、必要な措置を講ずることができる。ただし、第一号中第三条第一項第一号ハに規定する不当な差別的取扱い及び第二号中労働者に対する職場における不当な差別的言動等については、第六十三条の規定による措置に限る。

(略)

四 放送機関、新聞社、通信社その他の報道機関又は報道機関の報道若しくはその取材の業務に従事する者(次項において「報道機関等」という。)がする次に掲げる人権侵害
イ 特定の者を次に掲げる者であるとして報道するに当たり、その者の私生活に関する事実をみだりに報道し、その者の名誉又は生活の平穏を著しく害すること。
  1. 犯罪行為(刑罰法令に触れる行為をいう。以下この号において同じ。)により被害を受けた者
  2. 犯罪行為を行った少年
  3. 犯罪行為により被害を受けた者又は犯罪行為を行った者の配偶者、直系若しくは同居の親族又は兄弟姉妹
ロ 特定の者をイに掲げる者であるとして取材するに当たり、その者が取材を拒んでいるにもかかわらず、その者に対し、次のいずれかに該当する行為を継続的に又は反復して行い、その者の生活の平穏を著しく害すること。
  1. つきまとい、待ち伏せし、進路に立ちふさがり、住居、勤務先、学校その他その通常所在する場所の付近において見張りをし、又はこれらの場所に押し掛けること。
  2. 電話をかけ、又はファクシミリ装置を用いて送信すること。
(調停及び仲裁)
第四十五条
人権委員会は、この款の定めるところにより、第四十二条第一項に規定する人権侵害(同項第一号中第三条第一項第一号ハに規定する不当な差別的取扱い及び第四十二条第一項第二号中労働者に対する職場における不当な差別的言動等を除く。以下「特別人権侵害」という。)に係る事件について、調停又は仲裁の申請を受理し、調停委員会又は仲裁委員会を設けて、これに調停又は仲裁を行わせるものとする。

(勧告)
第六十条
人権委員会は、特別人権侵害が現に行われ、又は行われたと認める場合において、当該特別人権侵害による被害の救済又予防を図るため必要があると認めるときは、当該行為をした者に対し、理由を付して、当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことその他被害の救済又は予防に必要な措置を執るべきことを勧告することができる。

(勧告の公表)
第六十一条
人権委員会は、前条第一項の規定による勧告をした場合において、当該勧告を受けた者がこれに従わないときは、その旨及び当該勧告の内容を公表することができる。

(資料の閲覧及び謄抄本の交付)
第六十二条
人権委員会は、第六十条第一項の規定による勧告をした場合において、当該勧告に係る特別人権侵害の被害者若しくはその法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から、人権委員会が保有する当該特別人権侵害に関する資料の閲覧又は謄本若しくは抄本の交付の申出があるときは、当該被害者の権利の行使のため必要があると認める場合その他正当な理由がある場合であって、関係者の権利利益その他の事情を考慮して相当と認めるときは、申出をした者にその閲覧をさせ、又はその謄本若しくは抄本を交付することができる。

(人権委員会の訴訟参加)
第六十三条
人権委員会は、第六十条第一項(第七十二条第一項又は第七十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定による勧告がされた場合において、当該勧告に係る人権侵害の内容、性質その他の事情にかんがみ必要があると認めるときは、当該人権侵害に関する請求に係る訴訟に参加することができる。

(差別助長行為等の停止の勧告等)
第六十四条
人権委員会は、第四十三条に規定する行為が現に行われ、又は行われたと認めるときは、当該行為をした者に対し、理由を付して、当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことを勧告することができる。

(差別助長行為等の差止請求訴訟)
第六十五条
人権委員会は、第四十三条に規定する行為をした者に対し、前条第一項の規定による勧告をしたにもかかわらず、その者がこれに従わない場合において、当該不当な差別的取扱いを防止するため必要があると認めるときは、その者に対し、当該行為をやめるべきこと又は当該行為若しくはこれと同様の行為を将来行わないことを請求する訴訟を提起することができる。