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お江戸マメ知識

まるで本当に見てきたかのように「江戸のアレコレ」を語ってくれる、時代考証の山田順子先生。このコーナーでは毎週、そんな山田先生に“気になるシーン”について解説していただきます。

龍馬からの返信を読んでいる久坂。怜悧で端整なその横顔−−。

山田先生

今回は「幕末の志士」たちの話をするわね。そもそも「志士」というのは、江戸時代の後期、国家・社会のために自分が正しいと信じたことを、命を懸けて貫いた人たちのこと。当時の日本には「黒船の来航」を境に、“国の将来”を真剣に考え、行動を起こす若者たちが後を絶たなかったの。
劇中に登場した久坂玄瑞も、そんな「志士」とよばれた若者のひとり。彼は長門国萩平安古(現・山口県萩市)に、医者の子供として生まれたんだけど、吉田松陰に影響を受け、いつしか政治の世界に目覚めてしまった人物。武士ではないにもかかわらず、松蔭の亡き後にも長州藩のリーダーとして活躍した玄瑞だけど…残念ながら25歳のとき、蛤御門の変(=禁門の変。1864年(文久四年)に勃発した戦い)で命を落としてしまったというわ。もちろん、「玄瑞が龍馬に刺客をおくった」というエピソードは、このドラマオリジナルのものだけれど、彼と坂本龍馬の間に接点があったことは史実に残っているのよ。
ちなみに龍馬も、幕末を生きた志士のひとり。彼は「武士」と「農民」の間にある「郷士」という階層の出身で、玄瑞とは全く異なる生い立ちで志士となったんだけれど…日本のためを思って激動の時代を駆け抜けた2人には、共通して熱〜い血が流れていたのかもしれないわね。

野風「あちきの胸にはしこりがありんす」咲「!−−−−」

山田先生

江戸時代、人々はガン(癌)のことを岩(いわ)と呼んでいました。なぜ「岩」なのかというと、“かたいしこりができる”ので「岩ができた」と表現していたようね。この当時はレントゲンもないし、体の内側に出来るガンを発見するのは不可能に近いこと。ガン患者はなすすべもなく、死を待つしかなかったのだけれど…例外的に乳房は外から触ってしこりを確認できる部位でしょう?だから、“乳の岩”は昔の人たちも簡単に発見することができたみたい。でも、ガンって嘔吐や発熱といったような目に見える症状もないし、当時は原因が解明されていない病だったから、わざわざ乳房を切ってまで治すものだというふうには認識されていなくてね。女性特有の病気で、“岩ができると何年かして死に至る”ということは漠然とわかっていても、痛い思いをしてまでわざわざ治療を行おうという人はいなかったの。
そんな中、“乳の岩”と“麻酔薬”(※効目の薄い麻酔薬、例えばエーテル等はすでにあったが、長時間効果を発揮するものはまだ開発されていなかった)の両方を研究していた華岡青洲という外科医が、『通仙散(つうせんさん)』という非常に深く眠れる全身麻酔薬の開発に成功。そして、初めて行ったのが“乳の岩”の手術だったの。でも、この「通仙散」という薬は、主にトリカブトの成分を配合したものでね。少しでも使い方を誤ると死に至るような非常に危険なものだったから、毒として用いられることを恐れた彼らは、その配合を秘伝にしていたそうよ。

江戸の女性たち(咲さんなど)は着物の帯を後ろにしていますが、花魁だけが帯を前にしているのにはなにか訳があるのでしょうか。すごく気になっています。

山田先生

「“前帯”は花魁独特の風習なのかしら?」と感じた方も多かったみたいだけど、これはそういった理由ではありません。意外かもしれないけれど、帯というものは本来、“前締め”が基本だったの。特に、江戸の初期は“細い帯”が主流だったから、前で結んでも邪魔になることはなかったし、「自分で結びやすい」ということを考えても、これは自然なことなのよ。ところが江戸の後期になってくると、ファッション的観点から“太い帯”が主流になってきて、女性たちはわざと帯を目立たせるような着こなしを好むようになったのね。着物の幅と長さは幕府によって決められていたけれど、帯は好き好きでOKだったから、みんなだんだんと派手なものを纏うようになっていったってわけ。ただ、いくら流行りとはいえ、女中さんや畑仕事をする人、台所に立ったり楽器を演奏する人たちにとって、大きな帯の結び目はただ邪魔なものでしかないでしょう?だから、働く人たちを中心に、帯はどんどんと後ろで結ぶものに変化を遂げていったの。咲さんのような未婚女性も同じ。若くて活発に動きたい盛りだから、後ろに結ぶのが普通だったのよ。
そんな中、後ろに締める理由がなく、前帯を貫いていたのが花魁や大名夫人といった人々。彼女たちは金持ちの象徴である打掛も着るし、帯を後ろに回してしまうとせっかくの豪華な帯が隠れちゃう。それに、身の回りのことをしてくれる禿や女中がいるから、別に前に帯があったってなーんにも困らないのよ。前帯をしているのは裕福さの象徴。そういった意味で、この作品では野風をはじめとする花魁だけに、前帯をさせているのよ。

山田先生への質問は締め切りました。たくさんの質問をいただき、ありがとうございました。