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「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が
独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”

17年春よりテレビ放送、配信がスタートした『クロックワーク・プラネット』。舞台は1000年前に滅び、伝説の時計師「Y」により、全てが時計仕掛け再構築された地球。星が丸ごと機械式時計という壮大なものだ。
歯車で動く都市、そしてオートマタ(自動機械人形)のリューズ、アンクル。そんな世界を生みだした榎宮祐氏と暇奈椿氏が、世界で活躍する独立時計師の浅岡肇氏と、機械式時計についてトークした。「『クロックワーク・プラネット』の世界における機械式時計とは?」、「その魅力は?」。そんな3人のお話を聞けば、『クロックワーク・プラネット』の楽しみもさらに広がるだろう。

■ 独立時計師は別格、マリーとナオトも辿りつけるか分からないレベル

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”
―― まず浅岡さんに、独立時計師について教えていただけますか? あまり詳しくないかたも多いと思います。

浅岡肇氏(以下、浅岡) 時計師と言ってもいろいろな仕事があります。一般的に知られているのは組み立てや修理を業務の中心にしている「職人」です。これに対して独立時計師と呼ばれるのは作家です。
独立時計師にもいろんなかたちがあって、デザインと文字盤は自分で作るけれど、中の機械を他から買ってくる人もいます。全世界で独立時計師と呼ばれるのは30人ぐらいですが、そのうち20人ぐらいはそうしたかたです。残りの10人が僕のような歯車ひとつから作っている人たちで、本当の意味での独立時計師です。

榎宮祐氏(以下、榎宮) 実は『クロックワーク・プラネット』では、「時計師」でなく、「時計技師」と書いています。あの世界には時計師と呼べるレベルの人間はおらず、『Y』が作った星という時計の修理を仕事としていて、創造にはいたっていない。そこは敢えて差別化しています。

浅岡 『クロックワーク・プラネット』は小説も読んで、テレビも見せていただきました。その時に「技師」という部分に含みを持たせているのは、僕も感じていました。

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”
―― 時計を作る際のオリジナリティはどこにあるのですか?

浅岡 将棋で例えれば戦略の部分です。例えば、駒のデザインなど、見た目も面白さの一部ですけれど、そこに将棋の本質はありません。
世界には時計マニアや、ジャーナリストが大勢いますが、ほとんどの人が時計をわかっていない。なぜならそれが見えていないからです。わずかな人たちだけが戦略の部分を分かっている。つまり棋譜が読めるということです。将棋もチェスも知識がないとプロが指している棋譜が分からないのと全く同じです。これを時計に照らし合わせると、設計の意図や機構の洗練さやが理解できるということになります。
*棋譜:将棋や囲碁、チェスなどのボードゲームで、対局者が指した手順を記録したもの。

―― 優れた時計師には、努力でなれるのですか?それは才能なのですか?

浅岡 やはりセンスはありますね。

榎宮 創作もそうですよね。ラノベでも表面だけをすくいとってテンプレートに当てはめ、アレンジすればそれらしくはなります。けどストーリーラインや、構成、構造を分かって書いている人と、そうでない人の違いは明確にあって、そこにはセンスになるかと。

―― 『クロックワーク・プラネット』の主人公のナオトやマリーには、機械式時計作りのセンスはあるわけですね?

榎宮 そこはぼかしています。今は世界を創造した「Y」の書いた棋譜を読めるだけで、新たにものを生み出すところまで行っていない。それを超えられるか、本当に才能があるかどうか、マリーとナオトのどちらにあるのかは見せていません。ただあのふたりには他にないセンスがある、着眼点を持っているというだけが現状ですね。

―― これから浅岡さんレベルに上がれるかもしれない?

榎宮 うーん、どうしよう。僕自身にそれだけのセンスがあるのか、あるいは(暇奈氏と)ふたり協力すれば表現できるのか。僕たちがその断片にでも行き着けるなら、彼らも行けるかもしれないですね(笑)

■ 機械式時計の魅力はクールで格好いいこと

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”
―― 榎宮先生、暇奈先生は、機械式時計の魅力をどこで知られたのですか?

榎宮 空港の免税店で、たまたま手にした機械式時計のパンフレットですね。そこにあったムーブメントの写真、その後動画でも。装置が複雑に連動して、お互いが噛み合って機能する。これが”人工物のあるべき姿”になんとなく感じられて。

―― そこから作品につながったわけですね。機械式時計をファンタジックなテーマにされた理由は?

榎宮 実はファンタジックというのには異論があるんです。いまの機械工学はプロセッサが発明されて以来、回路のなかで完結しますよね。スマートフォンを分解しても基盤しかありません。むしろ、そちらのほうがファンタジーで、魔法みたいに思えて、機械こそ本来あるべき装置の姿でないかと。

暇奈椿氏(以下、暇奈) その着想を台無しにするようで悪いんですけど、僕にとっては最初に機械式時計の写真を見た時からずっと「実在するファンタジー」ですね(笑)。小さな盤面の中で、さらに小さな歯車が僕にはまったく理解できない理屈で動いている謎の物体。でも分からないからこそ神秘的なロマンを感じる題材と思いました。

―― 機械式時計はなぜそんなに魅力的なのでしょうか?

榎宮 まず単純に、それが超格好良いからですね。時計をぱかっと開けた時に、クォーツ時計と機械式時計、どちらが恰好いいかかという話です。初めて見た時は衝撃的でしたね。

暇奈 僕は『クロックワーク・プラネット』の話をいただいて初めて見ましたが、複雑に構成された機構の中に、僕には理解できないけれどシンプルな規則の存在を感じて、ああ美しいなと思いました。

浅岡 僕は設計をよく将棋の棋譜に例えるんですが、いかにスマートな解答をみつけるかという部分が時計の設計と将棋では同じなのです。無駄に複雑なことがあれば、それは無駄。僕の時計づくりの最大のテーマは、「無駄なく、いかに洗練させるか」。そこを「人工的」な歯車と振子で追及するのが機械式時計の魅力ですね。
一方、クォーツ時計は水晶の特性である、電圧をかけると一定の振動を出すという「自然現象」を利用しているので正確です。ただ、その特性は人間の作ったものではない。それを応用し時計に転用したことは素晴らしい発明ですが、その正確さは人の手柄ではないわけです。
つまり、スマートなプロセスでどう解を導き出すかを追求するかが機械式時計の魅力であり、一方、クォーツ時計には最初から解があるわけです。
僕は人間の創造物は、人工的に自然を作り出すことだと思います。そして、このスマートなプロセスという部分にその本質があると思っています。

榎宮 機械式時計の魅力が人工的に自然を創り出すことであれば、それは僕が(小説の)3巻で書いたことと一緒ですね。
本来科学は自然物に手を加えて人工物を作るものですが、時計仕掛けの惑星に住んでいる人たちは、人工物の世界の上に立っているわけですが、その機械を解明できていない。

浅岡 自然はあらゆる事象が循環するリサイクルシステムですよね。人間も最近ようやっとリサイクルと言いだして、モノを無駄にせず、管理するようになってきた。人工的に自然を創り出す方向に来ていますよね。

―― 本作のような惑星自体を機械式時計にしてしまう大掛かりな機械は実際に可能なものなのですか?
「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”

浅岡 テレビのアニメの宣伝で『クロックワーク・プラネット』を最初に知ったのですが、いい意味でこんな荒唐無稽なものをよくぞ創り出すなと思いました。すごく興味が沸きました。
現実には惑星を創り出すのはほぼ無理だと思いますが、その無理なプロットを実現させつつ、メッセージ性もあります。地球という大きなテーマに絡めつつ、それが的を突いています。

■ リューズやアンクルに感情はあるのか?

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”
―― 作品を書く上で、テーマは意識されているのでしょうか?

榎宮 テーマはありますが、あえて明言は避けます(笑)ひとつだけ話すと、科学は自然を分からないまま”そういうものだから”と扱うんですよね。けれどクロックワーク・プラネットを作った「Y」は、地球を全部解明したからこそ設計図が引けたわけですが。人工物になってもやっぱり『地球を大事に』って言うんでしょうかね(笑)

暇奈 僕はテーマを意識して書いてというのはないですね。漠然としたイメージはあるんだと思いますが、それを明確に言葉しないままキャラクターの行動や言葉でテーマを具体的に掘り出していく、話を転がしながら一緒に実感していく感じです。

―― 作中のリューズやアンクルはまるで生きているようにも見えるのですが、書いている時にリューズやアンクルに感情を込められたりするのでしょうか?

暇奈 僕の場合は、何か意図を込めてキャラクターを動かす・喋らせるという感覚はないです。どちらかといえば、そのキャラクターが何をしたくて何を喋りたいのか、何とかうまく汲み取ろうという感覚。それがぴたりとハマると気持ちの良い文章が書けるので、その為にあれこれ試行錯誤しています。だからいつも時間がかかっているのが困り物ですが。

榎宮 感情ってなんでしょうね。機械は所詮機械ですが、それはキャラクターも、なんなら人間だって有機体の装置ですよね。リューズやアンクルが生きているように見えるなら、そう見える程度に言動が読めない未知があるから――つまり開発者かどうかでは(笑)
ちなみに僕は読めません!

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”
―― 浅岡さんは機械に生命が宿るということを考えられたりしますか?

浅岡 現状の機械にはないですね。

―― 作ったものに対する思い入れは?

浅岡 生命という意味ではドライです。誤解を恐れずに言えば、所詮は機械です。思いがあるとすれば、そこにある美しさでしょうか。それは人工の自然の片鱗のようなものです。
原作の一巻の終りで(TVシリーズでは第3話)、リューズがナオトの質問に何度も頷くシーンがありますよね。とても印象的なシーンでした。僕はあれがリューズが生命体であることの比喩かなとも思ったんですよ。面白いラブシーンでした。

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”

■ 「『クロックワーク・プラネット』、とても応援しています!」(浅岡)

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”
―― もしあらゆる制約なしで手に入るとしたら、理想の時計とはどのようなものですか?

榎宮 理想の時計自体はないです。浅岡さんの言葉を借りるなら、そんな手があるのかと驚かさせる棋譜を描いた構造の時計ですね。

暇奈 本当に何でもよいのであれば、ブレゲの「マリー・アントワネット」が欲しいですね。
18世紀、時間と費用は無制限という注文で、当時に存在したあらゆる機構と技術を詰め込んで作った時計――そういう制作背景に、熱いロマンとストーリーを感じるので。
*マリー・アントワネット:フランス王妃マリー・アントワネットがブレゲに発注した時計。王妃の死から34年後に完成し、その後数奇な運命を辿る。

榎宮 あれは当時としては、一切無駄のない思考、機械でしょう。これ以上の究極解はないというもの。あれは俺もめちゃくちゃきれいだなと思います。予算制限がなければ、レプリカを作ってくださいとブレゲにいいますね。

―― 作り手として浅岡さんの理想する時計はどういったものですか?

浅岡 理想はひとつでないですね。僕のなかには作りたい時計はいっぱいあって、頭のなかに同時にいくつかアイディアがある。それが設計に結びつくのは、紙やパソコンに向かっている時でなく、歩いているときとか。「あっ!あそこの機構をああすればうまくまとまるな」と突然思いついたりです。
3年とか、4年たってまとまりだすと、そろそろ作りたくてうずうずしています。パソコンに向かって、設計を始めた段階では、クリエイティブな部分は終わってほぼ出来上がっていますね。

―― 最後に今回テレビアニメ化されたのにあわせてファンにかたがたにメッセージをいただけますか。

暇奈 実は未だにアニメ化に現実感がないんですが(笑)。ただ、アニメには原作を100%再現するというより、アニメなりの面白さを見せて欲しいと思っています。「クロックワーク・プラネット」という楽譜を演奏してもらうようなイメージですね。ファンの皆さんにもその違いをぜひ楽しんで貰いたいと思います。

榎宮 いま自分が立っている場所を自然物でなく、人工物に置き換えた場合どうなるかと考えたのが『クロックワーク・プラネット』です。作品を見て、いま使っている機械の原理を考えてみていただけるとうれしいですね。

「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”
―― 浅岡さんから、『クロックワーク・プラネット』への応援メッセージをいただけますか。

浅岡 僕は『クロックワーク・プラネット』をめちゃめちゃ応援しています。普段から機械式時計にもっと興味を持っていただきたいなと思っていますから。作品がそのすごくいいきっかけになります。機械式時計は実は15,000円ぐらいからでも充分に楽しめるものがあります。作品がきっかけとなって手に取っていただけるとうれしいですね。作品を見た若いファンが将来、機械式時計を買ったり、あるいは作ったりすることもあるといいですね。

(取材:数土直志)


「クロックワーク・プラネット」 原作者・榎宮祐氏、暇奈椿氏が独立時計師・浅岡肇氏と語る“機械式時計の魅力”

『浅岡 肇』(あさおか はじめ)
独立時計師・スイス独立時計師アカデミー(AHCI)正会員
神奈川県出身。1990年に東京藝術大学美術学部デザイン学科を卒業。
専攻はプロダクトデザイン。卒業後はプロダクトデザインや広告製作など幅広い活動をする。
腕時計デザインの仕事をきっかけに独学にて本格的に腕時計製作に着手。
代表作はボールベアリングを内包した画期的なトゥールビヨン腕時計。
時計の宣伝用の3DCGや写真撮影も自身にてこなす為、
マルチクリエイターとしての側面をも持っている。



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