8月4日開幕

世界陸上で生まれた世界記録27

パウエルの“打倒ルイス”の執念が“伝説の世界記録”も超越する一跳に

マイク・パウエル(米国)の8m95は2つの点で世界を驚愕させた。
1つは伝説と言われた世界記録を破ったこと。ボブ・ビーモン(米国)が1968年メキシコ五輪で跳んだ8m90は、標高2000m以上の高地で出たため平地での更新は難しいと言われていた。もう1つはこの種目で65連勝中のカール・ルイス(米国)を破ったことだ。
東京大会の男子走り幅跳びは、ルイスが9秒86の世界新を出した5日後だった。何度も負けていた100mと違い、ルイスが10年間も不敗を誇っていた種目である。実際、4回目の試技まではルイスの勝利を疑う者はいなかった。

1回目に8m68と過去2回の自身の優勝記録を上回って優位に立ち、2回目にパウエルの8m54で追い上げられたが、3回目に8m83(追い風2.3mで参考記録)と引き離した。4回目の8m91も追い風2.9mで参考記録だが、公認範囲ぎりぎりの追い風2.0mで、しかも標高2248mの高地で出た8m90よりも価値があると思われた。 ところが3回目、4回目は鳴りを潜めていたパウエルが5回目に、世紀の大ジャンプをやってのけた。助走スピードも88年ソウル五輪時よりも明らかに速くなり、100m世界記録保持者のルイスとほぼ同じ(秒速11m少し)だった。
パウエルの特徴は跳躍の高さだが、5回目の重心(腰付近)最高到達点は191cmだったと分析結果が出ている。ルイスは134cmで入賞者8人中最も低い。2人の跳躍は対照的だった。
記録が8m95と表示された瞬間に驚きの表情を見せたパウエルだが、本当に喜びを爆発させたのは、ルイスの5回目(8m87=世界歴代3位)6回目(8m84)の跳躍を見届けた後だった。ピットの周辺を駆け回り、「誰かに抱きつかずにはいられなかった」と、審判まで激しく抱擁した。
「正直にいえば、ルイスに逆転されると思いながら5~6回目を見ていたんだ。9mを跳ばれるんじゃないか、と。勝ったとわかったときは、失神しそうになった」

10年ぶりに敗れたルイスは、悪びれずに勝者をたたえた。
「私にとってグレートな競技ができたと思う。もっとグレートな競技を、マイクがやってのけたということだ」
舞台となった国立競技場は、男女走り幅跳びの日本記録も何度か誕生させてきた。高速トラックで助走スピードが出やすく、風の吹き方も走り幅跳び向きと言われている。
8m80以上のジャンプを2選手以上が応酬する試合は、その後実現しそうになったことすらない。
パウエルとルイスという偉大なジャンパー2人に国立競技場。役者と舞台装置がそろったことで誕生した世界記録だった。

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