ルーベンス展−バロックの誕生

「ルーベンス展」開幕記念 リレーコラム

華麗なるルーベンス

文/木村泰司

フルン広場中央にあるルーベンス像
写真提供:ベルギー・フランダース政府観光局

17世紀のバロック時代、北ヨーロッパ最大の巨匠として「王の画家にして、画家の王」と称えられたルーベンスは、バロック絵画を象徴するともいえる壮麗で躍動感あふれる様式を確立しました。
イタリアで8年間過ごし、古代ギリシャ・ローマの芸術やルネサンスの至宝の数々、そして美術界の寵児となったカラヴァッジョなど、最新のローマの絵画の流れを吸収するなどして芸術修業をしたルーベンス。母親の危篤を機に故郷アントウェルペンに戻ったルーベンスは、ハプスブルク家のネーデルラント総督夫妻の宮廷画家となったのです。
法律家の息子だったルーベンスは、当時の画家としてはエリート教育を受けていました。そのため、高い教養と堪能な語学力の持ち主として知られています。そして、画家としての修業を始める前は、伯爵家の小姓も経験するなど優雅な人物でした。
人柄も素晴らしく、多くの人を惹きつける人物だったということもあり、40代になるとネーデルラント総督イサベラ大公妃の外交官として仕えることになりました。
こうして、外交官としてマドリードを訪れた際には、宮廷画家ベラスケスとも親しく交流し、ハプスブルク家が誇るティツィアーノ・コレクションを敬意と共に模写します。そして、偉大なる美術収集家だったスペインのフェリペ4世や、その好敵手だったイギリスのチャールズ1世からも大歓迎を受け、フェリペ4世からは貴族の、チャールズ1世からは騎士の称号を授かります。
また、ケンブリッジ大学からは名誉学位も授与されるなど、当時の画家としても破格の扱いを受けたルーベンスは、後世の画家からも偉大な人物としても尊敬を集めることになるのでした。
ルーベンス知らずして、西洋絵画のみならず、オペラなどヨーロッパの芸術について語ることなかれ。
そのルーベンス芸術を総合的に捉えた展覧会が開かれることになったことに、私は日本人としてとても誇らしく思います。

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木村泰司
(西洋美術史家)
1966年、名古屋市生まれ。エンターテインメントとしての西洋美術史を目指し、その軽妙な語り口で多くのファンを魅了している。『名画は嘘をつく』シリーズ(大和書房)、『世界のビジネスエリートが身につける教養「西洋美術史」』(ダイヤモンド社)、『人騒がせな名画たち』(マガジンハウス)ほか著書多数

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