日立 世界ふしぎ発見!

毎週土曜日 よる9時〜

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2022年3月12日 よる9時から放送

第1629回

シン・イケブクロ誕生の秘密
聖地を築いたレジェンド達

ミステリーハンター

小田井 涼平(おだい りょうへい)

兵庫県出身。スーパー銭湯アイドル純烈のメンバーで、2010年にメジャーデビュー。昨年は4年連続の紅白歌合戦出場を果たす。筋金入りのアニメ漫画好き。ミステリハンターは今回が初めて。

東京都豊島区「池袋」。今回は、巨大なターミナルで言わずと知れた池袋の街を、スーパー銭湯アイドル純烈の小田井涼平さんがレポート!池袋に思い入れを持つ小田井さん自身も、肌で感じたという街の変化、そして池袋の歴史から見えてくる意外な発見とは?

小田井さんにとっての池袋とは?

番組の中でも言っていますが、僕は以前、池袋に通っていた時期がありました。だから街の全体像くらいは分かるけれど、当時から20年ほど経って実感したのはその変貌ぶりです。池袋は埼玉から東京への玄関口だと思いますが、例えば中高生くらいの女の子が一人で行くとしたら「親は心配するのちゃうかな?」というのが20年前のイメージ。そこから今は明るくクリーンな街作りが意識されていて、親御さんが安心して送り出せる街になったなと(笑)。

マンガ・アニメ好きには欠かせない池袋
女性向けグッズが充実するオトメの聖地へ

また僕は、もともと池袋の街についてかなり混沌としたイメージがありました。でも現在はうまい具合にすみ分けられている印象です。若い女性たちがアニメや漫画などを通して集まるエリアだったり、駅を挟んだ西口・東口にそれぞれ個性の違う劇場があったり。西口の劇場では、世界で唯一という楽器を見せて頂けたのですが、その音色を聞いたら心を大きく揺さぶられてしまって…!そして一方の東口は、新たな施設に多彩な劇場が作られていました。古いと新しいが混在しながら変化が起きて、町がさらに進化していっているようにも感じます。

楽器の音色に小田井さんの涙腺が…

池袋の街をつなぐイケバスがライブ会場に!?

漫画、アニメ、芸術文化、住みたい街No.1
そんなシン・イケブクロ誕生の秘密が明らかに?

池袋の街を探っていく中でアニメや芸術文化など、色々と印象に残ったものはありますが、驚いたのはかつての池袋の姿を描写したものが、街の資料、財産としてたくさん残っていたことです。昭和初期の頃でも、当時の池袋はこんな様子だったのかと絵で分かる。これはなかなか稀有やなと思って。

またかつて池袋には、手塚治虫さんを筆頭に現代漫画の基礎を生んだ天才たちが暮らしたアパート・トキワ荘があって、今はミュージアムとして再建されています。そこにはやはり資料が残っているし、作品にも街のことが描かれているんです。池袋を取材しながら、この街は本当に色々なところに古いものがちゃんと残っているのが印象的やなと。その理由として今回見えてくるのは、それが池袋だから。この街がどう歩んできたかという歴史に秘密が…。そして古いものが残されているからこそ、新しい人が集まってくる、そんな街の様子も取材しながら度々感じました。

当時トキワ荘に住んでいた漫画家
水野英子先生にインタビュー!

池袋の街で活動している若者を取材
彼らは一体…?

今回は僕自身も、改めて池袋を知ることができてすごく良かったと思っています。全国のみなさんにこの発見を共有して欲しいですし、今池袋に住んでいる方も、これまでと違うメガネで街を見ると、また池袋に誇りを感じられる良い発見があるのではないかと思います!

池袋には大正から昭和にかけて活躍した
ミステリー小説の巨匠が残した蔵と邸宅も

ミステリーハンターを務められた感想は?

単純に楽しかったです。僕は町ロケが好きで、出会った人と話すのも大好きですから。今回はお話するテーマが決まっていましたが、僕は関係ない方向にもどんどん脱線するので、逆に聞けないお話が出てきたことも。とにかくもっと挑戦したいですね。だって、グルメがほとんど入っていないですから(笑)!池袋は美味しいものがいっぱいあるんですよ。ロケの時はスタッフみんなでお店の下調べをして、僕も知っているところを伝えて、そこにお昼ごはんを食べに行く毎日でした!

トキワ荘の取材では唯一の食レポも!

こぼれ話

取材をしながらミステリハンターの
小田井さんが思ったこと

池袋を巡りながら…

番組では、純烈の下積み時代に活動拠点だったキャバレーにも触れましたが、今そのお店は残っていません。でも今回、池袋を巡りながら人の温かさは変わらないことを感じたり、当時のホステスのみなさんに、やさしくして頂いたのを思い出したりしました。No.1のホステスさんなどは、まだ食えない僕らに「頑張りな」と、一人1000円とか気前よく下さったんですよ。ものすごく懐かしい気持ちになりました。
ほかにも売れない自分がボイストレーニングをしていたのは、池袋の外れのスタジオで、駅から歩いて通っていた時のことも思い出して…。池袋は音楽やお芝居をしている人たちが意外と多く、稽古場が幾つもありますし、夢を見て頑張る若者がたくさんいる場所なんだなとあらためて思いました。

漫画家・水野英子先生

水野先生のインタビューでは、思わず「先生、若い時めちゃくちゃファンキーですね。そんな方いなかったでしょ?」と言ってしまったんですよ。それは先生も認められていましたが、時代背景的に活躍する女性漫画家が少ない中で、女性として世の中に対して思う部分があったんやろうなとも思いました。大抵の人はそれを抑え込むけれど、先生はハッキリものを言ったり表現したりする人やったんやろうなと。
漫画家としては、手塚治虫さんのところへ来た編集者の方が、水野先生の応募した原稿をたまたま見たことが、デビューに繋がっていったそうです。ただ今回お話している時も感じましたが、水野先生はやっぱりためらいがないんです。当時、手塚先生が「漫画家になりたいなら出ておいで」と声をかけたら、迷わず山口県から上京するわけですよ。そういう行動力、エネルギーがすごい。それは今でも感じました。

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