TBSテレビ 金曜ドラマ「LADY〜最後の犯罪プロファイル〜」

2011年1月7日スタート 金曜よる10時放送

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桐生先生のコラム

はじまり[関西国際大学教授 博士(学術) 桐生正幸]

プロファイリングという言葉が、まだ警察組織に知れ渡っていなかった1990年代、ある会議で説明を行ったことがありました。FBIやリバプール大学のプロファイリングについて、刑事部幹部を前にし、四苦八苦、可能な限りかみ砕いて説明しました。説明終了後の休憩時間、あるベテラン鑑識の方が声を掛けてくださいます。
「いやあ、難しい話だったなあ。で、なんだ、あの、風呂は入りに行く、ていうのは。」
ふろはいりにいく?・・・プロファイリング。
知名度の低いプロファイリングは、ものの見事に日常言語に変換されていました。

数年後、警察庁の全国強行事件担当者会議に出席した殺人事件担当官が、資料片手に研究室にやってきたことがあります。まもなく、組織的に開始される犯罪者プロファイリング業務と全国の動向を教えてくださった後、しみじみと感想を述べられました。
「それにしても凄いな、あの、なんて言った、ほら、プロファイターってのは。」
ぷろふぁいたー?・・・プロファイラー。
なるほどプロファイラーは犯罪者と戦いますが、喧嘩はからっきし弱い人ばかりです。

犯罪者プロファイリング業務が始まった頃、日中、民家に侵入し主婦を傷つけお金を盗んでいった強盗暴行事件が発生しました。発生の第一報を知り、所轄警察署の要請もないまま現場に駆けつけ周辺の現場分析を始めました。先に臨場し現場指揮を行っていた当時の管理官が、怪訝そうに話しかけます。
「この現場で、なにか重要な要件でもありましたか?」
「プロファイリングで捜査の役に立てばと思い…。」
返答が終わるやいなや、管理官は皮肉っぽい表情を浮かべ、近くの刑事達に言います。
「心理学で犯人を捕まえてくれるとは、こりゃまた、有り難い!」

むろん、その後も重要事件が発生すれば、嫌がられようとなんだろうと、現場に厚かましく出向いては分析をし続けました。

ベテラン警部補が加わり本格的な分析チームを結成すると、次第に捜査に役立つプロファイリングが出来るようになってきます。
ある町で、連続放火が発生します。この町では、数年前から断続的に放火が発生していたのですが、突然、その回数が増えてきたのです。正式なプロファイリング要請を受け、各放火現場を分析するため何度も現場に出向きました。

当時は、十分なデータベースも無かったことから、現場に行かない日は、捜査第一課で過去の事件資料を集め、研究所で入力し、統計処理を幾度と無く繰り返していました。
その間、張り込む捜査陣の裏をかくような場所で、放火が発生し続けます。冷え込む真冬の深夜、連日の張り込みに刑事達は心身共に疲労が溜まってきます。

町の隅々、町の至る所が分かる程に現場に出向いたでしょうか。ある時、仲間の警部補が小さな手掛かりを見つけます。早速、次の日、研究所でその手掛かりを基にデータベースの再分析を行うと、これまでにない犯人の傾向があらわれてきました。そして、その傾向を地理的プロファイリングの結果に照らし合わせると、ある仮説が生まれてきたのです。
急いで現場に向かい、地図を睨みながら各放火現場を検証しました。仮説は支持されます。
この時、ある犯人像が私たち2人の頭に浮かびました。ただそれは、これまで捜査陣が想定していた犯人像とは、かけ離れるものでした。私たちは、その結果に自信が持てません。明日、もう一度検討しようと、その日はそのまま研究所に戻ったのです。

その夜、その町で、不審火騒ぎが発生したとの連絡が入ります。発生場所は、その日、私たちが想定した犯人の行動とピッタリ一致するものでした。
私は仲間の警部補にメールを打ちました。「不審火が発生した。分析結果は正解」
すると「明日、分析結果を持って警察署で報告しよう」と直ぐ返信が帰ってきました。
「よし!」と、軽い身震いと共に、ガッツポーズが出ます。私たちの思いは一緒でした。
その後、事件は一気に解決に向かいます。連日連夜の張り込みから、捜査員は開放されていきます。

さて、自供も得られ物証も固まり、無事送致した数日後、事件解決の打ち上げが行われました。刑事部長、警察署長などの挨拶後、歓談が始まります。しばらくすると、現場で中心的な立場にいたベテラン刑事(人望厚く、県内1、2を争う取調べの達人)が、お酒を持ってやってきました。挨拶すると、お酒を注いてくださり、
「今回、プロファイリングが支えてくれたなあ」と話します。
「捜査が長引き進展が無いと現場の気力が落ち、やってることに自信が無くなってくる。桐生さん達の報告書は、現場の目先を新しくし、やる気を起こさせてくれた。」
そう言うと、折り畳まれ、汚れたプロファイリング報告書のコピーが出てきました。
「若い連中に、読めって、回覧させたコピーだ。」
これまで幹部だけが読み、他の書類と一緒に閉じられては終わる報告書。しかし、このコピーの所々には付せん紙が貼ってあり、マーカーで線が引かれていたのです。やっと認めてもらえた…。心の中で、はらはら流れるのは、むろん、うれし涙です。

あの時のことを想い出すたび、弱音を吐かず一生懸命に物事に取り組むことの大事さを、今も実感してしまいます。(学生らには、うざったく、くさいセリフと思われようとも、この気持ちをしっかりと伝えていかねばと、思っている今日この頃でもあります)

桐生正幸 博士(学術)

関西国際大学 教授/人間心理学科長/防犯防災研究所長

文教大学人間科学部。山形県警科学捜査研究所主任研究官として、ポリグラフ検査や次にどこで事件が発生するかを予測する犯罪者プロファイリングの業務などに携わる。退官後は、関西国際大学教授として、「地域防犯対策」「犯罪不安」など犯罪を構成する諸々の要因を総合的に検討して、実践的な犯罪心理学の研究を行なっている。さらに、自治体や警察主催の会議をはじめ全国の講演会や、PTA・地域に対する防犯対策面での提言を行うなど防犯分野においても幅広く活躍している。