TBSテレビ 金曜ドラマ「LADY〜最後の犯罪プロファイル〜」

2011年1月7日スタート 金曜よる10時放送

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桐生先生のコラム

愛こそはすべて[関西国際大学教授 博士(学術) 桐生正幸]

先日、安住紳一郎さんのラジオ番組に出演しました。担当の方と、事前打ち合わせをした際、プロファイリングを恋愛に応用することが可能か、という話題になりました。
実際の犯罪者プロファイリングは、過去の大量データベースとデータ解析により、対象となる事件の概観などを推定する方法です。従って、恋愛に関するデータベースを構築し、幾つかの統計分析を試みることで、どんな人と恋に落ちるのか、どんなアプローチが有効か、長続きさせるためにはどうすれば良いか、などといった手掛かりがつかめると考えられます。しかしながら、今のところそのような研究は無いようですので、「恋愛プロファイリング」は、困難ということになります。(「恋愛」は、「犯罪」以上に難しく、解析も一筋縄ではいかない代物なのかもしれませんね)

そこで、(1)流行のファッションを、いつの時点で取り入れるかで、その人物の自己顕示欲や同調行動の強さを知る、(2)浮気してそうな彼の嘘を、まばたきや視線回数などで見破る手掛かり、といったお話しをさせていただきました。むろん、これらの内容は、犯罪者プロファイリングというよりも、社会心理学や犯罪心理学から得られた知見です。が、ベテランの刑事や取調官が、知らず知らずに応用していると考えられる情報でもあります。容疑者の服装から性格を読み取ったり、取調の流れや証拠を提示するタイミングを計るためのテクニックとして、彼らが使用している方法と考えられるものなのです。
「なるほど」と言って安住さんは、私の拙い話を、前段の「犯罪者プロファイリング」の説明も含め、上手にまとめて下さいました。寝ぐせも魅力的に思える飾らない安住さんに感謝し、スタジオを出たのでした。

さて、恋愛プロファイリングは確立していませんが、恋愛と犯罪との関連は密接です。例えば、ある窃盗事件では「好きな女性に金持ちだと見栄を張るために泥棒を続けた」という人がいました。連続放火事件では「不倫関係を一方的にうち切られ、彼女との思い出の品を燃やしているうちに、彼女の家や彼女の夫の家に火を付けてやろう思いついた」と供述した人もいました。
中でも、動機の中で恋愛絡みが多いと考えられる罪種に殺人があります。恋愛関係のもつれ、恋愛が起因する恨みや怒り、執拗な恋愛感情の発露など、さまざまな形の動機を見ることが出来ます。
いつの時代も、文化が違っていても、殺人犯の大半は男性です。この男性の場合、恋愛に関わる動機以外にも、その動機に結びつく、もしくは独立する性的動機による殺人が、一定の割合で存在します。性的暴力や、なんらかの性的な行為を伴った殺人犯のほとんどは男性となるわけです。一方、女性による殺人は男性よりも少ないが、子殺し、夫殺しは多いという特徴があります。

このような特徴からか、つまり事件自体は稀であるものの、妻から殺される可能性や不安感を感じてからか、恋愛絡みによる女性殺人犯をスキャンダラスに取り上げる男性社会の特徴が指摘されます。例えば明治時代、恋愛関係が高じ身内を殺害した美貌の持ち主を「毒婦」と命名した「夜嵐お絹」「高橋お伝」「茨木お滝」などの新聞連載は、好評だったようです。性器切断で有名な「阿部定事件」においては、被疑者逮捕当時の新聞記事に「殺人美女」「妖婦お定」「変態の女」などの見出しが、大きくおどっています。

繰り返しますが、性的で暴力的な殺人のほとんどは男性によるものですし、性犯罪に至っては、加害者のほぼ全員が男性です。つまり、事実は圧倒的に男性が悪人である、ということです。犯罪者プロファイリングの大原則は、犯罪事実を客観的に捉え、社会的・文化的な偏見に囚われず見つめることです。このことは、社会全体が犯罪事象を見つめるときにも求められる姿勢だと考えます。

さて、江戸時代の恋愛による大事件に、「お七火事」があります。
この大火は「天和の大火」と呼ばれ、天和2(1682)年12月28日の未の刻(14時)、本郷追分から燃え広がり、神田、日本橋、浅草、下谷、本所と縦断し、大名屋敷75、旗本屋敷166、神社47、寺院48を焼き、死者3,500人、ほぼ10時間燃え続けたものでした。
顛末は、以下のとおりです。本郷追分辺りの八百屋の娘であったお七(17歳)が、天和元年、八百屋が類焼した際に寺の前に仮住まいをします。当時、旗本や御家人の次男、三男などが、寺小姓として住職に仕えていました。お七は、その中の1人である美男の寺小姓を見初めたものの、間もなく新居に引っ越すことになります。お七の想いは強く、放火をすれば、また寺の前に借り住まいができて彼に会える、とそそのかす者が現れ、遂に火を付けてしまう、というものです。(「お七火事」の25年前、1657年に発生した江戸最大の大火事「振袖火事」がありました。その振り袖のイメージが、お七という悲恋のヒロインと重なってか、歌舞伎の演目として残っています。)

ある研究者は、出火場所が「八百屋」としている当時の記録が無いこと、お七の家に近いお寺が出荷箇所としての可能性があること、を指摘しています。放火の犯罪心理から検討しても、お客がいるだろう午後2時の着火はリスクが高く、夜間の着火が自然であるとも考えられます。お七の恋愛が果たして大火を生み出したのかどうか、当時の資料も限られているでしょうが、犯罪事実の再検討が必要な事件だと思う次第なのです。

ぜひ、CPSのメンバーにプロファイリング要請をしたいのですが、結城さん、引き受けてくれるかなあ。

桐生正幸 博士(学術)

関西国際大学 教授/人間心理学科長/防犯防災研究所長

文教大学人間科学部。山形県警科学捜査研究所主任研究官として、ポリグラフ検査や次にどこで事件が発生するかを予測する犯罪者プロファイリングの業務などに携わる。退官後は、関西国際大学教授として、「地域防犯対策」「犯罪不安」など犯罪を構成する諸々の要因を総合的に検討して、実践的な犯罪心理学の研究を行なっている。さらに、自治体や警察主催の会議をはじめ全国の講演会や、PTA・地域に対する防犯対策面での提言を行うなど防犯分野においても幅広く活躍している。