TBSテレビ 金曜ドラマ「LADY〜最後の犯罪プロファイル〜」

2011年1月7日スタート 金曜よる10時放送

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桐生先生のコラム

メモリーズ・オブ・マーダー[関西国際大学教授 博士(学術) 桐生正幸]

私の研究室に、韓国からの交換留学生がやって来ました。勉強熱心な彼女に、広く犯罪心理学を知ってもらうため、大学院の講義にも参加してもらいました。
ある時、院生へレポート課題を求めたところ、彼女も韓国で起きたある連続殺人事件の資料をまとめてきていました。見るとレポートには、複数の殺害現場の写真が貼り付けてあります。
なぜ入手できたのか尋ねると、韓国では正規の手続きを取れば、未解決事件の捜査資料などを一部入手できるのだと説明してくれました。日本と異なり情報公開の面で進んでいる隣国に、院生共々驚きつつ、この陰惨な事件に関する記憶が、ふとよみがえったのでした。

2008年の春、韓国の京畿(キョンギ)道が主催する「子どもの防犯」大会で基調講演をして欲しい、との依頼がありました。
韓国では、10年前の日本のように子どもの犯罪被害が増加し、また小学生による集団レイプ事件のような社会を震撼させる凶悪事件も起こり、早急な対策が必要となっていました。既に日本では、数々の政策やシステムが出来、防犯活動が定着していたので、その実際を知りたいというのが招待の主旨だったのです。

その年の7月、講演も無事終了し、翌日は、主催側の研究者からソウル市内や近郊の文化遺産を案内してもらいました。
途中、ある場所に通りかかると、「実は、あちらに見える場所で殺人事件がありました」と教えてくれました。心なしか寂しさが漂う田園です。「複数の女性が殺され、未解決なのです」同乗していた彼らは皆、沈痛な面もちになっていました。
1986年のファソン連続女性強姦殺人事件。(2003年に、その事件は韓国で映画化され、タイトルは「Memories of Murder(殺人の追憶)」と名付けられました)

留学生のレポートを読みつつ、あの時の情景が、ゆっくりと想い出されたのでした。

さて、犯罪心理学の講義で、幾度となく出てくるキーワードに「記憶(Memory)」があります。
心理学の誕生以来、早くから研究が行われ多くの成果がもたらされた「記憶」は、犯罪心理学でも重要な研究テーマとなっています。被疑者の記憶の有無や目撃証言の研究はもとより、事実を聞き出すための取調研究も「記憶」に関わってきます。

犯罪心理学において、「記憶」へのアプローチも多様です。
目撃証言においては社会心理学的な実験室研究が、記憶の有無においては生理心理学によるポリグラフ検査研究が行われています。
特にポリグラフ検査は、長年「ウソ発見器」と呼ばれ誤解されてきましたが、日本の研究が世界をリードし、今や学会でも法曹界でも「記憶の検査」であることが周知の事実となっています。
このポリグラフ検査では、心電図、呼吸運動、皮膚電気活動などの生理反応から、犯人しか知らない事実に関する「記憶」があるのかどうかを鑑定します。日本において年間約5000件行われているこの検査の正確性は、90%台という高い数値を示しています。
ただ、ポリグラフ検査で鑑定されるのは、今、ここで想い出すことができる記憶であり、忘れてしまったことは検出されません。犯人であれば正確に覚えており、無実であれば心当たりすらない犯罪に関する事実の「記憶」だけを、検出の対象としています。

Episode7では、5年前の出来事の「記憶」を失っていた柘植が、自分を責めながら事件の真実にたどり着きました。
「記憶」の脱落、すなわち健忘には、自己の自身の生活史すべてを覚えていない全般健忘と、特定の場所や状況について覚えていない選択健忘があります。
当時、柘植は頭を強く殴られ、なんらかの意識障害を起こし選択健忘となったようです。以後の柘植は、撃ち殺したかも知れないという自責の念を抱き続けます。「記憶」と共に、そして笑いをも失ってしまいます。
CPSのプロファイリングは柘植の無実を裏付けました。が、柘植が想い出したのは事実よりも、当時の激しい感情でした。
「あの時の俺には殺意があった。犯人が憎くて殺したくなった。俺は人殺しと何も変わらない」
柘植のこの重い言葉は、「LADY」というドラマの基調かも知れません。現代社会において、命とは一体何か、命を奪うということは如何なることなのか。この問いに対し、我々は真摯に立ち向かい、そしてしっかりと考えるべき時期なのだと、私は思います。
「Memories of Murder」。事件は消耗品ではありません。痛みを伴いながらも、しっかりと「記憶」にとどめていくことも、我々大人の使命だと考えるのです。

先日、留学生は母国に帰りました。大学主催の送別会に出席できなかったので、大学院の今期最終の講義が、彼女とのお別れでした。せめてその前に、記念写真の一枚でも撮っておけば良かったと反省しつつ、彼女のレポートをファイルしたところです。

桐生正幸 博士(学術)

関西国際大学 教授/人間心理学科長/防犯防災研究所長

文教大学人間科学部。山形県警科学捜査研究所主任研究官として、ポリグラフ検査や次にどこで事件が発生するかを予測する犯罪者プロファイリングの業務などに携わる。退官後は、関西国際大学教授として、「地域防犯対策」「犯罪不安」など犯罪を構成する諸々の要因を総合的に検討して、実践的な犯罪心理学の研究を行なっている。さらに、自治体や警察主催の会議をはじめ全国の講演会や、PTA・地域に対する防犯対策面での提言を行うなど防犯分野においても幅広く活躍している。