TBSテレビ 金曜ドラマ「LADY〜最後の犯罪プロファイル〜」

2011年1月7日スタート 金曜よる10時放送

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桐生先生のコラム

モンスター2:ファンタジー[関西国際大学教授 博士(学術) 桐生正幸]

【ファンタジー】途方もない空想、夢想。非現実的な心象、幻覚。心理学では、空想や白昼夢。

FBIのプロファイラーは快楽殺人者の分析を行う際に、この言葉「ファンタジー」に特別な意味を持たせました。すなわち、幼児期に親の愛情に恵まれず虐待などの心的外傷を体験し、思春期以降のサディスティックな性的空想と性的快楽の繰り返しによって強化され形作られるものを「ファンタジー」と命名しました。このファンタジーの世界を、現実社会にて実現させる行為が「性的殺人(sexual homicide)」となって現れることになります。
FBIが、この「ファンタジー」を重要視する理由は2つ考えられます。1つは、アメリカはフロイトを祖とする精神分析学が盛んであること。ドイツ流の精神医学と比べ、より内面に目を向けて精神世界を明らかにしようとする精神分析学では、「ファンタジー」が動的な心理過程を表す言葉として受け入れやすかったと考えられます。もう1つは、アメリカは他国と比べ快楽殺人が圧倒的に多く、彼らの動機の形成がまさに「ファンタジー」だったこと。文化的、社会的背景が、強くこの言葉に反映されているようです。

1970年代後半から、数々の凶悪殺人犯と刑務所にて面接したFBI捜査官ロバート・K・レスラーが、退職後の1992年に出した著書「Whoever Fights Monsters」は、1994年「FBI心理分析官」として翻訳され日本に紹介されます。
彼は、「ファンタジー」をキーワードに多くのプロファイリングレポートを作成していました。「ファンタジー」そのもののモンスター「バッファロービル」が登場する1991年アカデミー受賞作品「The silence of the lambs」(邦題:羊たちの沈黙)の公開も相まって、当時、プロファイリングという言葉が注目を浴びました。
実はそれ以前、日本では珍しい「ファンタジー」を有する殺人事件、1988年から1989年にかけて東京都と埼玉県で発生した「宮崎勤事件」が起こっています。戦後から右肩上がりで成長し続けてきた日本が停滞しつつあるこの時期、来るべき経済混乱や政治の混迷を予感させるかのようなこの事件は、得体の知れないモンスターを具象化させたのです。
当時の有識者は、こぞって「宮崎勤事件」の犯人像をプロファイルしました。当然ながら、ほとんどの推理は客観的な根拠も捜査経験もないものであり、当たっていてもはずれていても検証しがたいものばかりでした。唯一、犯罪心理学の第一人者であった小田晋氏は、精神医学の見地から犯人像を見事に描いていたのですが、他の推理合戦の騒音にかき消されます。プロファイリングなんて絵空事。そんな世間の声が高まってきます。

私が、科学警察研究所の田村雅幸氏(故人)から初めて声をかけられたのは、そんな時代、1991年の日本犯罪心理学会第29回大会の時でした。「犯罪捜査における罪種の研究」と題して、拙い学会発表を行った時、「FBIがプロファイリングという捜査手法の研究をまとめている。参考にしたらいい」とアドバイスをくださったのです。
翌年から研究テーマをしぼり、また他県の仲間との交流が始まります。インターネット以前のパソコン通信というものを利用しながら情報交換が始まり、また、毎年の学会で研究成果を発表し合いました。当時の私たちの思いは、真に科学ベースの犯人像推定手法を作り上げたいというものでした。
1995年、私にとって初めての犯罪者プロファイリングの基礎研究が論文として掲載されます(犯罪心理学研究,33(2),17-26)。そしてこの年、第33回日本犯罪心理学会において、科学警察研究所と科学捜査研究所の心理担当の有志による日本初のプロファイリング研究会が立ち上がったのです。「プロファイリングなんて絵空事」とは言わせない、そんな思いが溢れる研究会が、静かに始まりました。

ただ、私たちは研究ばかりに専念できる環境にはおりせんでした。日々発生する事件に関わる実務、すなわちポリグラフ検査を主務としていたからです(ポリグラフ検査については、別の回でご紹介します)。

このポリグラフ検査は心理鑑定であり、さまざまな犯罪を対象にしています。また、様々な場面で事件捜査と関わり、例えば、犯罪発生直後の殺人現場の観察、目撃者や被害者への聞き取り、被疑者への検査などを行っていました。事件発生に左右される仕事でもあり、正月休みもよく現場に行っていました。
雪深い田舎の実家で、久しぶりにのんびりとお酒を飲み始めると、捜査1課強行補佐から電話が来ます。
「殺しだな。悪いけど、これから現場にきてくれ」
「すみません。お酒飲んでて…、そこまで運転できないんです…。」
「大丈夫、大丈夫。そっちの刑事が迎えに行くから!」
と、いつもの豪快な語り口で電話が切れると間もなく、地元の警察署から若い刑事が
「お迎えに参りました!」
とやってきて、呆気にとられる家族や親戚を残し、覆面パトカーに拉致され現場へ直行です。そのまま、捜査本部に何日か寝泊まりということも良くありました。(今思えば、このように現場に何度も行き観察する、様々な被疑者に対して検査をする、といった経験は、犯罪者プロファイリングの技術を高める良いトレーニングとなっていました。)

さて、第5話についてです。これまでのLADYの中で、1,2位を争うほどの名場面が、この第5話終盤近くに現れました。
巽に「生まれながらにモンスターなんていない」と伝え、巽が誤って抱いていた「ファンタジー」を、払拭してあげた香月。
モンスターと戦うプロファイラーは、己のモンスターにうち勝ってから、目の前のモンスターに対峙しなければなりません。己に勝った香月は事実を、そして、その事実を受け入れることが人としての幸福であることを、巽に伝えました。
その時に、「よし、よく言った」と膝を打って香月に共感した人の中には、多くの現職プロファイラーや取調官がいたはずです。
実際のモンスターを知る人も、このLADYでモンスターを感じていた人も、あの場面には、社会の影とも言うべき犯罪の奥に狂気と悲しみが混在し潜むのだと、深く感じ入ってくれたのではないかと思っています。

桐生正幸 博士(学術)

関西国際大学 教授/人間心理学科長/防犯防災研究所長

文教大学人間科学部。山形県警科学捜査研究所主任研究官として、ポリグラフ検査や次にどこで事件が発生するかを予測する犯罪者プロファイリングの業務などに携わる。退官後は、関西国際大学教授として、「地域防犯対策」「犯罪不安」など犯罪を構成する諸々の要因を総合的に検討して、実践的な犯罪心理学の研究を行なっている。さらに、自治体や警察主催の会議をはじめ全国の講演会や、PTA・地域に対する防犯対策面での提言を行うなど防犯分野においても幅広く活躍している。