TBSテレビ 金曜ドラマ「LADY~最後の犯罪プロファイル~」

2011年1月7日スタート 金曜よる10時放送

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桐生先生のコラム

モンスター1:バラバラ殺人[関西国際大学教授 博士(学術) 桐生正幸]

FBI方式のプロファイリングを作り出した主要なメンバーのひとり、ロバート・K・レスラーの著書「Whoever Fights Monsters(邦題:FBI心理分析官)」には、哲学者ニーチェによる次の言葉が引用されています。
「怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけなければならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ」
レスラーは彼の経験則から、数々の殺人犯をモンスターに喩え、そのモンスターと戦う者の危険性を著書に表しています。ニーチェの言葉は、まさにそれを象徴しています。
今回と次回の2回に分け、この「モンスター」にまつわる諸々をお話したいと思います。

FBIが犯罪者プロファイリングという新たな捜査手法を考案するきっかけが、バラバラ殺人でした。FBIのプロファイラーが中心となった研究では、バラバラ殺人は猟奇性の高い性的殺人として扱われ、もっぱら性的なファンタジーに関する視点から検討されていました。
それに対し、先駆的なプロファイリング研究者あった科学警察研究所の田村雅幸氏(故人)は、日本のバラバラ殺人の9割が「証拠隠滅」「運搬容易」を切断の理由としていることを明らかにし、アメリカとは大きく異なることを指摘しました。すなわち、遺体の処分を容易にするためにバラバラにする理由が多かったわけです。猟奇的で性的ファンタジーを抱くバラバラ殺人犯は、日本ではまれなケースとなります。
しかしながら、年々、日本の殺人事件が減少しているのに対し、バラバラ殺人が増加してきました。田村氏は、後継者の渡邉和美氏と共に、1998年から2000年にかけ精力的な研究を行い類型別の犯人像を提示します。ここから、バラバラ殺人に対する日本の犯罪者プロファイリングが始まりました。

2回目のコラム「ストーカー」でも書きましたが、日本における犯罪者プロファイリングの組織的研究は1995年に始まります。私たち研究グループは、アメリカとイギリスの研究を入手し、日本のデータを蓄積、実際の事件で試みるといったことを約5年間続けました。2000年、それら成果が「犯罪者プロファイリング」という本の翻訳出版と、日本で初めての学術書「プロファイリングとは何か」の出版で結実します。
また、北海道警察本部に日本で初めてのプロファイリング・ユニットも誕生します。それらリーダーとして、また、心理学を用いモンスターに対峙した最初のプロファイラーが、亡き田村氏でした。

バラバラ殺人に戻ります。
渡邉と田村は、バラバラ殺人を「他殺体の発見時に、その身体に何らかの切断行為が加えられていた」事件と定義し、戦後約50年間のバラバラ殺人捜査本部事件のデータを使い、多変量解析などを行って3つの類型を明らかにしています。
(1)被害者が10歳代以下の場合
被害者宅と遺体発見の場所との距離が、面識の有無、動機を推定する際に重要
(2)被害者が20歳代以上の女性の場合
被害者要因と犯行状況要因から、親族・愛人関係の有無が推定可能
(3)被害者が20歳代以上の男性の場合
被害者要因と犯行状況要因から、金品目的か否かを推定可能
このように、被害者の性別と年齢によって犯人の類型が異なり、それぞれの要因に注目して動機や人間関係を推定することが可能となります。

この分析対象となった基礎データは戦後の日本のデータですが、戦前にはどのようなバラバラ殺人があったのでしょうか。比較的容易に調査や検証が可能と思われるバラバラ殺人として、次の2つが挙げられます。
1932年(昭和7年)、被害者男性の頭部が東京府南葛飾郡寺島町にて発見された「お歯黒どぶバラバラ殺人事件」。
1934年(昭和9年)、被害夫妻の頭部、四肢、骨や臓器を切り離し東京府内の隅田川に投棄した「人間こまぎれ事件」。
これら戦前のバラバラ殺人を、公式記録や新聞報道などで整理・分析し、犯罪捜査に活用可能な資料として整備することは、今後必要かも知れません。

さて、戦後のバラバラ事件として有名なのは、1988年から1989年にかけて東京都と埼玉県で発生した「宮崎勤事件」です。
前述した戦前のバラバラ殺人も、当時としてはかなりセンセーショナルな事件だったようですが、この「宮崎勤事件」は日本の犯罪事情を一変させるインパクトを持っていました。日本では、まれな、猟奇的で性的ファンタジーを抱くバラバラ殺人事件だったのです。
(つづく)

桐生正幸 博士(学術)

関西国際大学 教授/人間心理学科長/防犯防災研究所長

文教大学人間科学部。山形県警科学捜査研究所主任研究官として、ポリグラフ検査や次にどこで事件が発生するかを予測する犯罪者プロファイリングの業務などに携わる。退官後は、関西国際大学教授として、「地域防犯対策」「犯罪不安」など犯罪を構成する諸々の要因を総合的に検討して、実践的な犯罪心理学の研究を行なっている。さらに、自治体や警察主催の会議をはじめ全国の講演会や、PTA・地域に対する防犯対策面での提言を行うなど防犯分野においても幅広く活躍している。