“報道の日”3.11映像の記録

2012年3月14日(水)深夜3:05から

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みどころ

2011年12月25日に放送された“報道の日2011”で、テレビ史上初となる「同時間帯ドキュメント」としてお送りした『3.11映像の記録〜あの日、何があったのか〜』を2時間版に再編集。地震発生の瞬間から数時間、被災地をはじめ、日本各地で何が起きていたのかを検証する。時系列に整理された映像から浮かび上がるものは?地震と津波の正体に迫る。震災の記憶が風化する前に、未来を生きる子どもたちのために、私たちは何を残せるのか…。

内容

▼「カメラがとらえた最大地震の正体」
 2011年3月11日はいつもと変わらない一日だった。学校では卒業式が。岩手の三陸鉄道は静かな海を臨みながら走っていた。
 だが、14時46分、状況は一変する。国内観測史上最大M9.0の超巨大地震が発生。その瞬間をテレビカメラマン、視聴者など膨大な数のレンズがとらえていた。かつてない長時間の揺れの正体も、映像は克明に記録していく。

▼「震源域500キロ。東日本を襲った巨大津波」
 地震発生から29分、岩手県釜石市に巨大な津波が到達、さらに宮古市にも。宮城県各地の沿岸都市も次々に大津波に襲われていく。IBC岩手放送や東北放送のカメラは、被害を拡大させた「2段階の津波」を映像におさめていく。
 15時35分、福島第一原発に設置されたテレビユー福島の情報カメラが、原発に激突する巨大な波しぶきをとらえる。これ以降、福島第一原発は世界最悪「レベル7」の原発事故へと突き進んでいく。

▼「津波到達から一時間。原発の危機」
 津波到達から一時間後、福島第一原発は既に緊急事態に陥っていた。直後、住民避難の切り札とされた、放射能の拡散を予測するシステムが稼働し始める。しかし、汚染地域を予測したデータは、直ちには公開されなかった。

▼「カメラがとらえた未曾有の複合災害」
 17時00分、首都圏では家路に着く人がピークに達する。その頃、千葉県ではコンビナートのタンクが轟音とともに大爆発した。

▼「始まったメルトダウン。長い夜の始まり」
 原子力安全・保安院の解析によると、18時頃、福島第一原発一号機でメルトダウンが始まった。首都圏では帰宅困難者があふれる一方で、孤立した三陸の避難所では人々が不安な夜を迎えていた。

出演者

キャスター:膳場貴子
ゲスト:福和伸夫(名古屋大学大学院教授)