スペシャルドラマ「月に行く舟」

小さな町の小さな駅。幾つもの電車が過ぎてもなおホームに佇む、透明な瞳の美しい女。
女は男と出会い、電車を待つ間の短い時間の恋が始まる…

1990年代、日本のドラマ界を席巻し、今も時代の先端を走り続ける脚本家・北川悦吏子。
北川がこれまで描いてきたさまざまな恋愛模様…。日常の中で運命を感じさせるようなその恋物語は、若者を中心に絶大な支持を受け、多くのドラマで高視聴率を獲得してきた。
そんな北川が今回描くのは大人の恋物語。彼女の出身地が舞台の一風変わった物語だ。
主人公は盲目の美しい女・水沢理生。行き交う電車に乗り込むことはなく、駅のホームに佇む理生。そして、仕事を終え東京に戻るため駅にやってきた男・涼太。
些細な偶然から出会う二人。互いにどこか孤独を抱えた二人は惹かれあい…電車を待つ短い時間に繰り広げられる切ない恋物語だ。
穏やかに描かれる二人と対照的に描かれるのが、涼太の仕事相手である大御所作家・佐々波慶太郎とその妻・千夏。幾多の危機を乗り越えてきた老夫婦の会話からは、共に生きる相手がいる、ということの意味を考えさせられる。
北川作品の見どころのひとつは「台詞」のマジック。ハンディのある者とない者の感覚のズレ、40代の男女の現実、そして現実を乗り越えてきた老いの世界など、アラフォー世代に響く軽妙な台詞が散りばめられている。それらの台詞が実力派の俳優たちによって彩られ、北川作品ならではの世界が生まれる。
果たして理生は何故駅にいるのか…？二人の恋は…？タイトルの「月に行く舟」とは…？新たな北川ワールドにご期待下さい。

岐阜の山間の小さな駅に佇む水沢理生（和久井映見）。電車が行ってしまってもそのままホームのベンチに座り続けていた。その駅にやってきた篠崎涼太（谷原章介）。涼太はこの町に住む大御所作家・佐々波慶太郎（橋爪功）から新刊雑誌に連載するエッセイの原稿を受け取り、東京へ帰るところだ。
次の列車にはまだ時間がある。待合室で理生を見かけた涼太は、空腹のため近くに喫茶店がないか理生に尋ねる。そのとき理生の傍らの白杖が目に入り、彼女の眼が見えないことを知る。
教えられた喫茶店に行ってみるとそこは閉店していた。駅に戻ると理生が自動販売機で飲み物を買おうとしていた。涼太は走り寄り「買いましょうか！」と声を掛けるが、その声と同時に飲み物が落ちる音が。「もう買っちゃいました。」と屈託なく応える理生。冷たいコーヒーが出るか賭けをしていた理生だったが、出たのは温かいコーヒー。涼太は素早く冷たいコーヒーを自分で買い、理生に「はい。当たりでした」と手渡す。受け取り、微笑む理生の顔に見入ってしまう涼太。
缶コーヒーを飲みながら待合室で話す二人。涼太は自分が出版社に勤めており、慶太郎から原稿をもらいに来たこと、その内容は慶太郎の妻・千夏（栗原小巻）に関するエッセイであることなどを話す。やがて涼太が乗る電車の時間が近づき、二人は別れを告げる。涼太が去った後、理生は風に揺れる小さな音に気付く。その音の方向に手を出すと紙袋のようなものが。理生はそれを手にすると改札へ向かい「あの！忘れものじゃないかと思うんです！」「大切な原稿じゃないかって！！」と、涼太がいるであろう方向に向かって懸命に叫ぶ。実はその紙袋は佐々波からもらったお菓子の包みだったが、涼太はありがたく受け取る。結局涼太はその電車に乗れず、空腹もピークに…。喫茶店が閉店していたことを知った理生はカレーが評判のカフェを教える。「あの、そこに一緒に行きませんか？」「えっ…？」「お礼に」と紙袋を持ち上げる。「お茶でもごちそうします」。こうして初めて出会った二人のささやかなデートが始まった…。
やがて、女は、どこかに行くために駅にいたのではない、と男に告白する。あそこで、ある人を待っていた、と…。
たった数時間、駅で隣り合わせた男と女の一風変わったラブストーリー。