手作りフリップ(6月23日放送)
「“国産初”ジェット機がお披露目に」
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『スペースジェット』と改名した国産初のジェット旅客機。
“国産”と聞くと、ホンダジェットは? と思う人もいると思いますが、こちら(ホンダジェット)は、ホンダの子会社ですが、アメリカの会社が製造したもの。 一方、スペースジェットは愛知県に本社がある三菱航空機が製造しています。

大きさも違います。
ホンダジェットは最大7人乗りの小型機ですが、スペースジェットは およそ70席から90席の旅客機です。
また、スペースジェットは国が支援するなど国家プロジェクトとして進められているため国産初のジェット旅客機と呼ばれるのです。
もともとミツビシ・リージョナル・ジェットの頭文字であるMRJという名前だったスペースジェットですが、なぜ変更したのかというと、理由の1つがマイナス・イメージの一新にあるとされます。

開発が正式に決まったのは2008年。
当初は、2013年にも初号機を納入する予定でしたが、機体の設計変更などで、延期が相次ぎ、試験機の初飛行が2015年に。
初号機の納入予定は、現在、来年の半ばとなっています。
この度重なる延期のイメージを払拭する狙いがあるとみられます。
しかし、開発に苦戦する背景には、実は、日本の歴史にも関係があります。 太平洋戦争時、ゼロ戦(零式艦上戦闘機)などの戦闘機で世界を席巻した日本の航空技術ですが、戦後、GHQによって航空機の開発・製造・研究が一切、禁止されました。
航空機開発の禁止令が解かれたのはサンフランシスコ講和条約が発効した1952年。 その後、国産初のプロペラ旅客機YS-11が開発されますが、時代はプロペラ機からジェット機に代わり、およそ10年で製造中止となりました。

スペースジェットは、それ以来、実に およそ半世紀ぶりの国産旅客機の開発なのです。 『ものづくり大国』と言われながら、日本の航空機開発が欧米に遅れをとるのはこの空白期間(空白の7年間)に技術者が流出したことなどが大きいと言われているのです。
現在、航空機市場はアメリカのボーイングとヨーロッパのエアバスの2強となっていますが、2000年代に入ってから、乗客100人未満の小型ジェット機の需要が高まったことから、再び旅客機の開発を進めることにした日本。
スペースジェットについて三菱航空機は、パリで新機体を披露した後、北米の企業と商談を始めたと発表。 『他の会社からも強い関心が寄せられている』といいますが、果たして日本の翼が世界で羽ばたくことはできるのでしょうか。
