世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


男女20km競歩は初の
“メダル&入賞”の好機
「求められているのはメダルではなく金メダル」(山西)
2019年9月27日(金) 18:00
第9回
20km競歩は男子がメダルを、女子は入賞を狙えるレベルに日本が成長した。男女同時入賞が実現すれば初めての快挙となる。
男子3人、女子2人が出場するが、男子では6月にスペイン・ラコルーニャで行われた国際陸連競歩グランプリ優勝した山西利和(愛知製鋼)が、女子は同大会6位に入った岡田久美子(ビックカメラ)が国際大会の実績は最もある。シーズンベストでは山西がエントリー選手中1位、岡田は7位。メダルと入賞は十分期待できる。
京大卒業2年目の山西はTBSテレビの取材に対し、自身の特徴を「問題が生じたときの処理能力の高さ」を挙げた。今季の躍進はその能力が発揮された結果だろう。岡田の場合は長期的な戦略が今、花開こうとしている選手だ。
京大卒・山西の代表入りを決めた問題処理能力
ラコルーニャから帰国後に取材をした際、山西らしさが現れたコメントがあった。
「競歩は走ることに比べ接地時間が長い種目。その時間をどう使うかが重要なんです」
昨年のアジア大会で銀メダル、今年2月の日本選手権20km競歩でも3位と、山西は勝てなかった。世界陸上代表入りを決められず、最終選考会の3月の全日本競歩能美大会まで1カ月しかない。その間に“勝てるようになるにはどうしたらいいか”を追求する過程で行き着いた部分だ。
「(ラストで競り負けない)レース展開をより明確にイメージすることと、動きの面の技術的な課題と、両面からアプローチしました。接地局面は蹴る動作を強調する動きと、地面反力をたくさん受ける動きに分けられます。後者は力を使わない動きですが、前者は頑張って進もうとする錯覚に陥りやすい。進んでいる気がするのですが、実際は空回りに近い。空回りをなくせば、(エネルギーを温存でき)ラスト勝負が有利になります。2月の日本選手権後は、力を入れるクセをなくすところからスタートしました」
選手の感覚としては反対のことを行っているが、外から見た両者の動きに大きな違いはないという。練習もこれまでやってきたことがまったく無駄になるわけでもない。むしろ、これまでやってきた蓄積があるから、微妙な違いを歩き分けることができるのかもしれない。
「蹴る歩きはスピードを上げようとするときに、さらに長い時間力を入れないとスピードが上がりません。これは一歩の時間を短くすることと明らかに矛盾するんです。蹴る動きで速い選手は、瞬発的に大きな力を出せる選手です。僕にはそれはできません」
日本選手権で判明したレース展開的な課題として、ラスト2kmを、1km毎を3分40秒と3分40秒で押し切れば勝てる。ここは本人にしかわからないセンスの部分だが、ラスト2kmの勝負をイメージしながら技術的な課題に取り組み、それが可能になるメニューを内田隆幸コーチと相談して作成した。
レース展開的な課題の洗い出し、自身の動きをどう改善できるか、それを練習メニューにどう落とし込むか。一連の作業が山西の問題処理能力で線となり、わずか1カ月後のレースで結果に結びつけた。
以下は筆者の推測であるが、20km競歩世界記録保持者で、ドーハの50km競歩メダル候補の鈴木雄介(富士通)の存在が、山西の短期間での問題処理を可能にしたのではないか。鈴木も蹴る動きよりもスムーズな重心移動が特徴の選手(コラム第4回参照)。内田コーチは鈴木の高校時代を指導した人物でもある。山西と鈴木に技術的な共通点があって不思議はない。
2人は今年の6月以降に合同合宿を行っているが、それ以前から陸連合宿などで一緒に歩いていたという。鈴木との練習のメリットを山西は「隣で歩くと自分のアラが見えてくるんです」と話す。鈴木という似たタイプのモデルが存在したから、自身の課題を明確にしやすかったのではないか。
ドーハの特殊ケースにどう対応するか
ドーハは驚異的な暑さと湿度、そして深夜のスタートと、通常とは大きく異なる環境でレースが行われる。山西の問題処理能力が、この特殊ケースに対応できればメダルにも手が届く。
山西は対処すべき点をいくつか挙げている。
「体温は上がりにくい体質です」
これは暑さの中では明らかに有利な部分だ。8月の千歳合宿でも、歩き始める前の体温と、歩き終わった後の体温を、サーモグラフィーで計測していた。
「氷を帽子の中に入れたり、手に持ったり、水をかぶったり」を練習の中で試し、その効果をしっかりとインプットしている。
「ただ、20km競歩のレースペースの中でできることは限られます。レース中に(暑さ対策の)何を、どれだけするか」
そこにも山西の問題処理能力が大きく貢献しそうだ。
山西が試すことができなかったことに、前回世界陸上金メダリストのE・アレファロ(コロンビア)との対決があった。「ラストに極めて強い選手で、昨年のラコルーニャでも優勝しています。今年のラコルーニャで対戦できると思ったのですが、出場しませんでした。自分がどこまで通用するレベルにいるのか確認したかった」
ラコルーニャで差を確認できれば、日本選手権から全日本競歩能美大会の間にしたように、ドーハまでの3カ月で問題を処理することができたかもしれない。
しかしそのアレファロが、ドーハ大会にはエントリーしてこなかった。だから山西が勝てると安易に決めつけることはできないが、山西にとっては計算外になってしまった要素が1つなくなったことは事実である。
冷静に現状を分析して対処する傾向が大きい山西だが、スポーツマンらしい勝利への情熱は元から持っていた。学生の頃、京大ということで注目されたが、注目度に見合う実力がないことをつねに気にかけていた。寮の部屋には18年世界競歩チーム選手権4位(池田が優勝)のときと、今年の日本選手権3位のときのリザルトを貼り、モチベーションを高めている。
そして社会の、日本競歩界への期待にも応える覚悟ができている。
「日本の競歩に求められているのはメダルではなく、金メダルです。金メダルを目標に歩かなければメダルも取れないと思う」
最後の勝敗を分けるのは、山西の勝利へ対する強い気持ちかもしれない。
岡田は10年ぶりの女子競歩入賞に挑戦
岡田久美子が、09年世界陸上ベルリン大会6位の渕瀬真寿美(大塚製薬。現建装工業)以来、10年ぶりの入賞を狙う。
入賞を目標とできる一番の根拠は、ラコルーニャで1時間27分41秒の日本新記録で6位に入ったことだ。
「海外で出したことが一番自信になりました。海外だとどうしても、普段以上に緊張します。普段以上にやろうとしていましたが、ラコルーニャでは国内大会と同様に落ち着いて臨むことができました。ドーハでも普段通りにやれば結果を残せます」
岡田の“普段通り”は時間をかけ、ある程度戦略的に積み上げてきた。
国際大会の成績も徐々に伸ばしてきた。15年世界陸上北京は25位、16年リオ五輪は16位、17年世界陸上ロンドンは18位、そして昨年のジャカルタ・アジア大会が銅メダル。15年世界陸上をのぞけば、その時点での力をほぼ出し切った。岡田自身も、今村文男五輪強化コーチもそう評価していた。
「最初の1〜2周(1周2km)でそのレースの雰囲気を読む」のが岡田のスタイル。五輪&世界陸上では先頭集団にはつかず、後半で順位を上げるパターンが多い。それが力を出し切る最善策だった。
ラコルーニャでもそのパターンで歩き先頭とは離れていたが、12kmで前の集団が見え始めた。「ブラジルの強い選手がいましたが、警告が2枚出たという情報も得られたので“ここだ”と思いました」
11kmまでの1kmは4分26秒だったが、12kmまでは4分21秒に、13kmまでは4分19秒にペースを上げ、前との差を一気に詰め始めた。10位台だった順位を、最終的には6位まで上げることに成功した。国際大会でも通用する力を、岡田は長い年月を使って身につけてきた。
高校時代は世代トップの選手だったが、身体的にも精神的にも、かなり無理をした競技生活をしていた。ケガもかなり多かった。だが、その頃身につけた歩型は、その後の競技の基礎になっている。国際大会でも「警告をもらったこともほとんどない」という歩型は高校時代に身につけた。
立大1年時の2010年世界ジュニア(現U20世界陸上)で銅メダル。そこまでは高校時代の無理をするスタイルで強くなれたが、そのやり方ではケガが多く、バーンアウトしてしまう可能性もあった。最終的にメダルを狙うには、大学時代は無理をしない方がいいと判断。身体もふっくらした体型だった。
ただ高校時代の5000m競歩・10000m競歩から、一般の20kmに対応するために学生時代も距離だけはしっかり行っていた。それに対しスピードを上げる練習はできなかったし、敬遠していたところもあった。
ビックカメラ入社して徐々にスピード練習の強度も上げることができ、1年目の日本選手権に初優勝すると、そこから今年まで5連勝を達成した。国際大会の戦績は前述の通り。世界ジュニアでの銅メダルは高校時代の延長で、その後の大学時代は「世界へ羽ばたくための準備期間だった」と岡田自身はとらえている。
渕瀬が世界陸上で入賞した翌年に、岡田が世界ジュニアで銅メダルを獲得した。その後の雌伏の期間を経て今年、渕瀬の入賞から10年で日本女子競歩が入賞を狙えるようになった。岡田のドーハでの役目は、自身と日本女子競歩の10年分の成長を見せることだ。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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