世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


男子4×100mリレーは
日本に金メダルの可能性
白石が新メンバーとして加わったプロセスは?
2019年9月26日(木) 23:50
第8回
男子4×100mリレーが金メダルにトライする。
9月7日の公開練習時に土江寛裕五輪強化コーチが明かした走順は、1走・小池祐貴(住友電工)、2走・白石黄良々(セレスポ)、3走・桐生祥秀(日本生命)、4走・サニブラウン(フロリダ大)。故障者が出るなど不測の事態がなければこのメンバーで臨む。
一番の特徴は9秒台3選手が入っていること。2017年9月に9秒98を出した桐生、今年9秒97のサニブラウンと9秒98の小池。個人種目の充実で過去最速のメンバーになった。
バトンパス技術も日本は、以前から世界最高水準を誇る。
2016年リオ五輪銀メダル、17年世界陸上ロンドン銅メダルの日本。目指すのは金メダルしかない。
9秒台3人、世界陸上ドーハ・チームの可能性
7月のダイヤモンドリーグ・ロンドン大会で日本勢は、個人種目の他に4×100mリレーにも出場。サニブラウンが背中とハムストリングの痛みのため不参加となり、多田修平(住友電工)、小池、桐生、白石の急造オーダーで37秒78を出し、2年前の世界陸上金メダルの英国に0.18秒差と迫った。
「正直、37秒台を出せるとは思っていなかった。選手たちの力が予想以上だった」と土江コーチ。リオ五輪銀メダル1走の山縣亮太(セイコー)、2走の飯塚翔太(ミズノ)、4走のケンブリッジ飛鳥(Nike)、そして日本記録保持者のサニブラウンを起用していないメンバーで日本記録にも0.18秒と迫ったのだ。
日本のレベルアップの証左として土江コーチが指摘したのは、英国との差である。英国は17年世界陸上金メダルチームで、同年から3年連続シーズンベストが世界1位。日本は英国がシーズンベストを出した大会に、下記のように3年とも出場している。
-------------------------------------------------
2017年:世界陸上ロンドン
英国・37秒47|日本3位・38秒04
1走 Chijindu UJAH|多田修平
2走 Adam GEMILI|飯塚翔太
3走 Daniel TALBOT|桐生祥秀
4走 Nethaneel MITCHELL-BLAKE|藤光謙司
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2018年:DLロンドン
英国・37秒61|日本2位・38秒09
1走 Chijindu UJAH|小池祐貴
2走 Zharnel HUGHES|飯塚翔太
3走 Adam GEMILI|桐生祥秀
4走 Nethaneel MITCHELL-BLAKE|ケンブリッジ飛鳥
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2019年:DLロンドン
英国・37秒60|日本2位・37秒78
1走 Chijindu UJAH|多田修平
2走 Zharnel HUGHES|小池祐貴
3走 Richard KILTY|桐生祥秀
4走 Nethaneel MITCHELL-BLAKE|白石黄良々
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英国は1走のウジャ、4走のミッチェル・ブレイクが3レースとも固定され、ジェミリが2走と3走を1回ずつ、ヒューズが18・19年と2走を連続で走っている。4人中3人が前年と同じメンバーというパターンで、シーズン世界最高を続けている。
それに対して日本は、毎回2人ずつメンバーを変えて挑み、英国との差を0.57秒→0.48秒→0.18秒と縮めてきた。ドーハではサニブラウンが加わる。サニブラウンの走力と、ダイヤモンドリーグでは1・2走のバトンパスで大きく失敗したことを合わせれば、英国との差を逆転できるかもしれない。
今の日本は37秒台前半を狙えるチーム力がある。
今季急成長した白石
上記3大会でリオ五輪銀メダルメンバー以外の選手は、多田、藤光、小池、白石の4人だ。
多田は17年世界陸上100mで準決勝に進出した。ベテランの藤光は15年世界陸上200mでやはり準決勝に進んだ選手。小池は昨年のアジア大会200m金メダリストで、今年100mでも9秒98を出した。
それに比べ白石は個人での実績に乏しい。
昨年まで全国大会の決勝に進んだことは一度もなく、関東インカレで入賞はしても目立っていたわけではない。今年4月の出雲100mに優勝し、翌週の織田記念でも優勝。同時期開催のアジア選手権に桐生、山縣が出場していたが、ノーマークの選手が一気に来た印象を受けた。
昨年まで自己記録は100mが10秒32、200mは20秒88だった。それを出雲では追い風参考記録だが10秒21(+3.4)で走り、織田記念で10秒19(+1.2)まで縮めた。
大学入学後は筋力トレーニングを継続し、この冬からは自転車マシンを5秒間全力で行うなど、筋力トレーニングのやり方も課題に合わせて変更してきた。
「1歩目からギアを上げていくためで、去年ほどスタートで出遅れなくなりました」
全国大会では痙攣にも悩まされたが、今季は食生活も改善して防いでいる。
「以前は肉さえ食べていれば筋肉が付くと考えていましたが、それは違うと改めました。魚も増やしましたし、レースの日の朝食にお米をたくさん食べるようにしたら痙攣しなくなりました」
日本選手権は100mで失敗して決勝を逃したが、200mで4位となったことで世界陸上リレー候補に入った。そして7月に遠征したヨーロッパ転戦で、白石は運をたぐり寄せる。
白石の運命を分けたヨーロッパ転戦
ベルギーで移動中の7月14日に、マドリード(スペイン)にいる土江コーチから白石に電話が入った。サニブラウンが遠征に合流できなくなったため、21日のダイヤモンドリーグ・ロンドン大会の4×100mリレーメンバーを変更することになった。マドリードでのバトン練習に合流できないか、という内容だった。
白石は13日のコルトレーク(ベルギー)の試合に出場。100mは10秒29(+1.3)で3位、200mは20秒45(+3.1)でB組1位と、まずまずの結果だった。17日のリエージュ(ベルギー)の大会にも出場する予定だったが、白石は日本にいる専任コーチとも相談し、連絡を受けた2時間後にはマドリードに行くことを決めた。その日の深夜0時にはマドリードに着いた。
コルトレークの100mで白石はケンブリッジに勝っていたので、メンバー入りの優先権は白石が持っていた。だが白石は、今年5月の世界リレーの4×200mリレーには出ているが、4×100mリレーの代表チームでの経験はない。もしもマドリードの練習に合流できなければ、ロンドン大会の4×100mリレーはケンブリッジが走っていたかもしれない。
「個人種目のポイントを取ることも考えないといけない時期でしたが、ここで4×100mリレーを経験しておけば、必ず今後にプラスになる」
土江コーチの構想では、サニブラウンはロンドン大会で4走を走ることになっていた。そこに白石が入り、1走が多田、2走に小池、3走が桐生だが、全員がヨーロッパの別々の試合を転戦していた。白石はマドリードで、3走の桐生とのバトンパスを1回だけ行った。桐生もダイヤモンドリーグ・ロンドン大会の100mを控えていたため、負荷の大きいバトン練習を何度も行うことはできなかった。
それでも、その1回のバトン練習が大きかった。ダイヤモンドリーグの白石は英国から約2m差でバトンを受け取り、英国4走のミッチェル・ブレイクにまったく離されなかった。英国不動のアンカーと、白石はまったく同じタイムで走ったという。日本チームの37秒78も驚きだったが、白石の快走はそれ以上の驚きだった。
白石本人はロンドンを次のように振り返った。
「連戦のためかアップの段階では走れていませんでした。しかしスタジアムに入って動いてみると、別人のように動けたのです。会場の雰囲気がすごくて、そこを走ることがただただうれしくて、テンションが上がりました。動けて、楽しくて、行ける気しかしなかった。ある種のゾーンに入っていたのかもしれません」
白石はロンドンの走り1回で、日本チームに貢献できる走力があることを十二分にアピールした。
新人の力を引き出す日本の伝統
白石が初めての日本チームで快走できたのは、新人選手が力を発揮しやすい土壌があるからだろう。
4月に出雲と織田記念を2連勝した白石は、5月の世界リレー選手権の4×100mリレー候補に入った。初めて日本チームの練習に参加し、北京五輪で銀メダルを取った2008年から採用された“40mバトン練習”(20mのバトン受け渡しゾーンだけでなく、その前後20mも加えた40m区間のタイムを重視した練習)などを行った。
「待っているときのヒザの角度や目線も重要だと教えてもらいました。ひざの角度を深くして、以前よりも低い姿勢に変えて、その間も体はなるべく前を向け、目線と首だけを意識します。ロンドンではそれをやって、つまることなくバトンパスができました」
40mバトン練習は、最初は3秒9台だった。世界リレー前には3秒8台が出たが、それでは日本チームが求める水準に届かない。それがマドリードの練習では3秒7台を出し、ロンドンでは3秒69だったという。北京五輪の頃、3秒6台はまず出なかった。桐生はリオ五輪でも、3走として世界トップのタイムで走っている。桐生の上手さや走力があってこそだが、3秒6台をリレー・ルーキーの白石が出すのが今の日本の強さである。
それを可能にしている一番の理由は、リレーの伝統ということになるだろう。お互いのクセを熟知して腕を出す位置、バトンを手渡す位置を工夫する。リレーゾーンの中での渡す位置も、渡す側の減速や飛び出す側の速度、これまでのデータから最適位置がわかるようになっている。白石が話したように、前走者の見方で出るタイミングも正確に測れる。
そうした積み重ねとメダルを続けて来た実績が、選手たちに自信と余裕を与えている。ダイヤモンドリーグ・ロンドン大会でも、白石は招集所などが初体験で緊張していたが、他のメンバーが落ち着いているのを見て「自分も平常心が生まれてやりやすかった」という。
4×100mリレー日本チームという母胎がしっかりしているから、誰が加わってもすぐに力を発揮できる。それはつまり、米国を拠点としているためバトンパスの練習ができていないサニブラウンが加わっても、すぐに力を発揮できる下地があるということだ。
ドーハの白石は、4走ではなく2走が予定されている。バトンを受け取る作業が加わるが、それも難なくこなすと見込まれての起用だろう。距離も120〜130mを走り切ることが求められるが、200mで代表入りした白石はその点は自信を持っている。
「3走と4走は世界で勝てると思います。僕(2走)の走りで日本の順位が変わってくる。気負わずに仕事をしたい」
4×100mリレー日本チームのルーキーは、金メダルを取るためのルーキーである。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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