世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


日本人初の
110mハードル13秒2台を連発した髙山
独特の集中法で世界でも力を発揮すれば決勝進出も?
2019年9月24日(火) 23:00
第6回
髙山峻野(ゼンリン)が前人未踏のタイムを連発している。7月末に13秒30(+1.9)の日本新をマークすると、8月中旬に13秒25(+1.1)と日本人初の13秒2台に突入した。9月1日にも13秒29(+1.4)と、未踏の領域だった13秒2台を連発したのである。
前回2017年の世界陸上ロンドンでは予選落ち。13秒65(-1.2)で予選1組7位だった。「あのとき見られなかった準決勝の景色を見たい」と、予選突破を(最低限の)目標に設定している。
だが13秒25は、22日に発表された世界陸上のファイナルエントリーリストでは、シーズンベストで11位につけている。今季見せた髙山の勢いをドーハで再現できれば、決勝進出の可能性はある。
今シーズンの陸上界は日本新ラッシュ
今季の陸上界は日本新ラッシュに沸いている。10種目で日本記録が更新され、ここ数十年間では最多と言われる活況を呈しているのだ。
日本新が誕生した種目・記録と選手は以下の通り(世界陸上実施種目。複数選手が出している種目は現日本記録保持者を記載)。
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▼男子
100m=9秒97:サニブラウン(フロリダ大)
110mハードル=13秒25:髙山峻野(ゼンリン)
50km競歩=3時間39分07秒:鈴木雄介(富士通)
走高跳=2m35:戸邊直人(つくばツインピークス。現JAL)
走幅跳=8m40:城山正太郎(ゼンリン)
▼女子
100mハードル=12秒97:寺田明日香(パソナグループ)
20km競歩=1時間27分41秒:岡田久美子(ビックカメラ)
50km競歩=4時間19分56秒:渕瀬真寿美(建装工業)
円盤投=59m03:郡 菜々佳(九州共立大)
やり投=64m36:北口榛花(日大)
-----------------------------
9月20日に国際陸連のインビテーションで、郡ら5選手の世界陸上出場が可能になった。
女子円盤投の世界陸上代表は史上3人目。正確な資料が見つからないが、地元枠以外での出場は初めてではないか。
郡の代表入りで、今季日本新をマークした上記10人全員が世界陸上に出場することになった。
日本新を出せば世界への扉が開けるし、世界で戦うことを目標としていれば日本記録更新が現実的な目標になる。
そして、日本新量産の象徴が髙山と言っていい。6月以降は4試合連続日本記録の離れ業を演じた。
そして下記のように5試合連続、昨年までの日本記録以上のタイムで勝ち続けている。
-------------------------
6月2日:布勢スプリント=13秒36(+1.9)
6月30日:日本選手権=13秒36(-0.6)
7月27日:実業団・学生対抗=13秒30(+1.9)
8月17日:Athlete Night Games in FUKUI=13秒25(+1.1)
9月1日:富士北麓ワールドトライアル=13秒29(+1.4)
-------------------------
布勢スプリントの13秒36は金井大旺(福井体協。現ミズノ)が昨年出した日本記録とタイ記録。日本選手権も同じタイムだが、2位の泉谷駿介(順大)も同タイムだったため、3人の名前が日本記録保持者欄に並ぶ異例の状況になった。
だが1カ月後に髙山が13秒30を出すと、日本人初の13秒2台を連発した。今後、泉谷や金井の巻き返しも期待できるが、髙山が頭1つ抜け出した。
高山自身は日本記録に対し、ストレートに喜びを表現しない。「追い風が強く吹いてくれたから」「金子(公宏)コーチの指導のおかげ」「自分ではどうして出せたのかわからない」等々、自分が頑張ったから日本記録が出たとは絶対に言わないのである(その理由には後ほど言及)。
快進撃の3つの理由
髙山の快進撃にはいくつもの理由がある。
長期的にはスプリントの向上、つまり速く走ることができるようになった。中期的には、今シーズン当初から重心を高くすることに取り組み始めた。短期的には7月からは3台目まで、スピードを出すことより丁寧に入ることを優先し始めた。
髙山は大学1・2年時に伸び悩んだが、100mのシーズンベストも落ちていた。高校時代は10秒81だったが大学1年時は11秒22、2年時は11秒41に。「走りが崩れていたが、当時は何が悪いのかわからずいらいらしていた」
大学3年時から金子コーチのアドバイスで、マーク走を練習で多く行うようにした。マーカーを1.65m間隔で8個、1.8m間隔で8個、1.95m間隔で8個置き、1歩のストライドをその間隔を目安に走る。
「大学2年までは意図的な脚の運びでしたが、自然な脚の運びにすることが目的でした」
110 mハードルの選手はハードル間を、思い切りストライドを大きくするなど意図的に走るのでなく、自然な感覚でインターバルを刻む。マーク走は「自分の動き、体全体を制御できる範囲のスピード」で行う。ハードルに生きるスピードを身につけることができ、大学3年時の日本選手権に優勝して周囲をアッと言わせた。
マーク走は現在も継続して行っているメニューで、100mのタイムは実業団1年目の17年に10秒46が出た。同じ年に110mハードルでも13秒45(-0.2)と、世界陸上標準記録を破って代表入り。今季も10秒44と向かい風2.0mのなかで自己新をマークした。10秒3台の力があるのは確実で、条件に恵まれれば10秒2台を出せるかもしれない。
重心を高くすることを考え始めたのは昨シーズン、レース中にハードルを倒すことが多かったからだ。昨年のアジア大会もそうだった。日本国内ではハードル自体の重心が前にあって倒れやすい製品が使われているが、国際大会によっては倒れにくく、バーの部分が木製で当たったときの衝撃が大きい製品が使われることもある。
5月のゴールデングランプリ(GGP)では課題をまだ克服できず、泉谷にも完敗した。
6月2日の布勢スプリントあたりからでき始め、日本記録連発につなげていった。
3台目までを丁寧に入り始めたのは、実業団・学生対抗から。「リズムユニット」(金子コーチ)を序盤に確立してから中盤に入り、多少出遅れたとしても全体でタイムを縮めることを狙った。
面白いのは実業団・学生対抗もAthlete Night Games in FUKUIも、そして富士北麓ワールドトライアルも、スタートが良く序盤でリードを奪った。髙山自身も「思いのほか、力を使わずに前に出られました」と認めている。
泉谷や金井が調子を落としていたことに助けられたのかもしれないが、スタートで力を抜いたことで逆にスピードが出たのかもしれない。
ハードルの革命児的な存在に
桜井健一五輪強化コーチに髙山の評価を聞いた。
「元々ハードルに対して良い突っ込み方ができていた選手ですが、さらにスピードを生かせるようになりました。ハードルへの突進力がアップしましたね。ハードル間の走りのピッチを上げて、(ストライドを伸ばさなくても)スピードも上げられるようになった。ハードルに対してのリズムを作って踏み切れています。スピードを上げた中で踏み切ったり、減速を小さくしたりするのは難易度が高いことなんです。日本のハードルを変える選手になったと思います」
髙山は日本のレベルを、明らかにワンランク押し上げた。問題は国際大会で、国内と同様に日本記録に近いタイムを出せるかどうかだ。
高山自身は「海外ではコンディション調整が難しい」という。
「一番は生活環境です。時差やベッドの違いだったり、食事が炭水化物ばかりだったり。思った時間にトレーニングができないことや、試合の日に声をかけられることもストレスに感じてしまう」
風邪を引きやすい体質で、ホテルのエアコンで冷えすぎても体調を崩すという。
GGP後に「泉谷君に勝てる気がしない」という発言もあった。これらの一見マイナスに見える発言は、「自分にプレッシャーをかけない」ための方法でもあるが、自身の置かれた状況を客観的に見ようと努めている結果でもある。GGPは追い風参考だったとはいえ泉谷の13秒26(+2.9)は衝撃的だったし、髙山は0.25秒差をつけられた。
他人の強さや環境のストレスは、自分が頑張っても変えることはできない。だったら、相手の強さや環境のストレスを認めた上で、自身にできることに集中する方が結果的に勝つチャンスが大きくなる。
2年前の世界陸上や今年のアジア選手権では、環境にストレスを感じて力を発揮できなかった。
だが昨年のジャカルタ・アジア大会では13秒48(±0)で銅メダル。当時の自己記録から0.04秒差と力を発揮した。「国際大会で緊張しすぎることはない」と、外国勢に臆しているわけでもない。
ドーハで予選を突破した後のインタビューで、「準決勝突破は難しいと思います。ここが限界」などのコメントがあっても、それは髙山が自分のやるべきことに集中していることの裏返しだ。準決勝突破の確率が上がっていると見ていい。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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