世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


20km競歩世界記録保持者が
実質初50km競歩で日本新
生まれ変わった鈴木が目指す“金メダル”の違い
2019年9月22日(日) 23:00
第4回
男子50km競歩代表の鈴木雄介(富士通)が、ドーハの金メダルを目標にしている。
鈴木は20km競歩の世界記録(1時間16分36秒)を2015年に樹立。その年の世界陸上北京でも金メダルを目指したが、故障のため途中棄権に終わった。
恥骨などの故障に加え、リハビリに通った際の交通費不正請求による半年間の資格停止期間もあり、3年近くレースから遠ざかった。
しかし昨年5月に復帰すると、9月の全日本実業団陸上10000m競歩で優勝。
今年3月の全日本競歩能美大会20km競歩で1時間17分47秒(4位)と、自身のセカンド記録まで復調した。
そして初めて50km競歩で完歩を目指した4月の日本選手権で、3時間39分07秒の日本新をマークして優勝。4年ぶりの代表入りを果たした。
4年前とは「まったく違う」心境で金メダルに挑む。
ライバルは前回金メダル、世界記録保持者のディニ
鈴木が4月に出した日本記録は今季世界3位のタイムだが、Y・ディニ(フランス)の世界記録は3時間32分33秒で6分34秒もの開きがある。今季世界最高もディニが5月に歩いた3時間37分43秒だ。
鈴木は「金メダルは狙いますが、ディニが強いので狙いすぎずに歩く」という言い方をした。
「ディニは前半から1人で飛び出して、そのままフィニッシュしてしまう選手です。その反面、後半で落ちてくることも多い。自分の力以上を出そうと前半から無理をするよりも、最後にメダルを取れればいい」
ディニは今年41歳になった。
歴戦のウォーカーだが、05年と11年の世界陸上、12年ロンドン五輪は失格している。鈴木が指摘したように、13年世界陸上は9位、16年リオ五輪は8位と安定性に欠けるところもある。
世界陸上前回のロンドン大会がそうだったが、世界記録に迫るペースで最後まで押し切られたらあきらめるしかない。だが深夜のレースだが高温多湿が予想される。涼しかったロンドンのように超ハイペースで歩ききることは難しい気がする。
ディニ以外ではリオ五輪金メダルのM・トート(スロバキア)、同銀メダルのJ・タレント(豪州)、今季世界2位(3時間38分02秒)の王欣(中国)、リオ五輪で銅メダルの荒井広宙(富士通)とデッドヒートを展開した4位のE・ダンフィー(カナダ)らがメダル候補だ。
ディニ、トート、タレントは五輪&世界陸上などの国際大会で、鈴木をはるかに上回る経験がある。だが鈴木も20km競歩の世界記録保持者である。
「北京のときは世界記録を持っていても、力を出せる確固たる自信がありませんでした」
今は「2021年までに50km競歩の世界記録も出す」という自信もある一方で、「勝たなければいけない。そのために、こういう練習をしなければいけない」という、切羽詰まった気持ちがないことがプラスに働いている。
先ほど名前を挙げた選手たちとメダル争いになることは認めているが、「あまり周りを気にせず、自分の力を出し切ることに集中します。そうすればメダルもついてくる」と、精神的にリラックスしている。そこが4年前との大きな違いである。
チームJAPANで戦う
9月17日の結団式後に鈴木を取材していて、少し驚かされたのが「言い方は変ですが、(日本人選手にも)負けてもいいと思っています」という言葉だった。以前は負けず嫌いの塊のようだった選手である。
「昔は自己顕示欲が強く、ライバルに負けたくないという気持ちが強かった。今は、日本の誰かがメダルを取ったら万々歳です。谷井さんから始まった日本競歩のメダル継続を、途絶えさせないことが一番です。自分が取れたら理想ですが50kmでは最低限メダルを継続したいし、20kmも初メダルに協力したい」
15年世界陸上北京大会50km競歩で谷井孝行(自衛隊体育学校。現コーチ)が、五輪&世界陸上を通じて日本競歩初のメダルとなる銅メダルを獲得した。翌年のリオ五輪は荒井広宙(自衛隊体育学校。現富士通)が五輪競歩初の銅メダル。そして前回の世界陸上ロンドン大会では荒井が銀メダル、小林快(ビックカメラ。現新潟アルビレックスRC)が銅メダルと初の複数メダルを取るに至った。
現役メダリストが2人もいる50km競歩に、鈴木は何を考えて進出したのか。
「自分がレースに出ない間に20kmで若手が台頭して、層が厚くなりすぎていました」
1時間16分台こそ鈴木1人しかいないが、鈴木のセカンド記録を上回る1時間17分台を、山西利和(愛知製鋼)、川野将虎(東洋大)、池田向希(同)、高橋英輝(富士通)、松永大介(同)、藤澤勇(ALSOK)と6人もの選手が出していたのだ。3月の全日本競歩能美大会20km競歩は、1時間17分47秒を出しながら4位に終わった。
「20kmにこだわりはありましたが、東京五輪を目指すのなら50kmの方が確実かもしれない。20kmはやってみないとわからないほど選手層が厚い。自分は50kmで金メダルを目指して、若手に20kmでメダルを目指してもらいたい」
もちろん鈴木らしさも失ってはいない。
50km競歩ではドーハでメダルを取った最上位選手が東京五輪代表に内定するが、「自分が最有力候補の自負はある」と言い切った。20km競歩に関しては「東京の次の年の世界陸上で狙う方法もありますから」と、こちらはさらりと付け加えた。
3年近いブランクの前後で変わったこと
シューズにも4年前との違いが現れている。結論から先に言うと、それは動きの違いでもある。
以前は競歩でも、マラソンと同様に底の薄いシューズを履く選手がほとんどだったという。
「おそらく自分が始まりだと思うのですが、競歩選手もちょっと厚めのシューズを履くようになりました。重すぎるのもよくありませんが、競歩は(必ずどちらかの脚が地面に着いていなければいけないルールがあり)空中動作がないので、軽さにそれほどメリットはありません。接地を意識しやすいのは少し厚めのシューズでした」
そのタイプのシューズで20km競歩の世界記録も樹立したが、長いリハビリトレーニングを経て復帰する際、靴裏を「(突起状の)ツブツブをなくしたもの」に変更した。
競歩に歩型違反(脚が地面から離れるリフティングと、ヒザが伸びないでスピードを出すベントニーの2種類)は付きもので、世界のトップ選手でも、歩型に難点のある選手がいる。疲れや故障の影響で、歩型が乱れて失格することもある。
その点、鈴木はこれまで失格が一度もない。そのフォームでも故障につながる何かがあった。リハビリトレーニングを進める中で、より繊細に自身の動きを見つめ直してきた。
「代表であるなしに関係なく、以前よりも応援してくれる方が増えています。その方々の顔を思い浮かべながらレースをすることができる。今は自分のためのメダルではなく、応援してくださる方々のメダルだと思って歩くことができます」
世界陸上は09年から15年まで20km競歩で4大会連続出場した。ベルリンは39位、11年テグはドーピング失格なども出て4位に繰り上がった。その後はメダルを意識するようになったが13年は12位、15年は途中棄権。
初めて50km競歩で挑むドーハは、種目が変わっただけでなく、鈴木にとって「今までの世界陸上とは違った大会」になる。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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