世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


アジア選手権金メダルなど
国際大会で強さを見せる橋岡
8m40の今季世界3位
&日本新の城山ら
男子走幅跳日本勢が初入賞に照準
2019年9月21日(土) 06:00
第3回
世界陸上では過去9位が最高の男子走幅跳で、日本は初入賞を期待できるトリオを送り込む。
4月のアジア選手権と7月のユニバーシアードに優勝した橋岡優輝(日大)、8月に8m40の日本新を跳んだ城山正太郎(ゼンリン)、9月の日本インカレで橋岡に勝った津波響樹(東洋大)の3人で、20年ぶりにフルエントリーができた。
9月19日に国際陸連が発表した暫定エントリーリストでは、シーズンベストで8m40の城山が2位、8m32の橋岡が5位タイ、8m23の津波が12位につけている。日本の走幅跳に最大のチャンスが到来した。
国際大会で結果を出す橋岡のメンタル
日本選手権でも3連勝しているが、橋岡の強さは国際大会でこそ発揮されている。
昨年のU20世界陸上で8m03(+0.9)で金メダルを獲得すると、今年7月のユニバーシアード・ナポリ大会でも8m01(+0.2)で金メダルと、世代別の世界大会を2連勝した。過去、U20世界陸上の金メダリストは何人かいる。ユニバーシアードの金メダリストはかなりの数にのぼる。だがU20の翌年、つまりシニア1年目でアジア選手権に優勝(8m22・+0.5)した選手はちょっと思いつかない。
「国際大会を戦っているという意識は、実はそれほどありませんでした」
橋岡から意外な言葉が聞かれたのは、ユニバーシアードから帰国後の取材中だった。昨年のU20世界陸上も今年のアジア選手権もそうだったという。
「試合で重要なのは自分とどう向き合って、どう自分のパフォーマンスを引き出すか、です。パフォーマンスを発揮するために何が必要かを考えるところにワクワクする。大きな試合であればあるほど、周りの選手たちも跳んできますから、自分も跳びたい気持ちやワクワクが大きくなります」
だから橋岡は国際大会で萎縮することなく、自分の力を発揮できる。
リオ五輪の8位記録は8m05(±0)、前回(17年)の世界陸上ロンドン大会は8m18(+0.4)だった。踵の痛みなどがなければ、橋岡が入賞する確率は5割前後はあるのではないか。
世界陸上での日本人最高成績は、日大で橋岡を指導する森長正樹コーチの97年アテネ大会9位(7m86・+0.1)。2cm差で入賞を逃した師の悔しさも、橋岡が取り返しに行く。
歴史的だったAthlete Night Games in FUKUI
橋岡以外の2人が代表を決めたのは、8月のAthlete Night Games in FUKUIだった。
6月の日本選手権は雨で、風向きも一定していなかったため記録は望めなかった。アジア選手権で標準記録を破っていた橋岡が、7m98(-1.1)で3連勝して世界陸上代表を決めたが、5月の水戸招待で脚を痛めていた城山は23位だった。記録は6m03(-0.1)で、本当に出るだけの状態だった。津波は太腿の肉離れで欠場した。
それに対して8月のAthlete Night Games in FUKUIは、この種目の歴史が大きく動いた大会になった。1回目の試技で橋岡が8m32(+1.6)の日本新。森長コーチが持つ日本記録(8m25・+1.6)を27年ぶりに更新した。自身の記録を破られた森長コーチは「今ので8m32なら、8m40も出せる。“修正”をかけろ」と橋岡にアドバイスしたという。
橋岡の直後の跳躍順だった津波も、1回目に8m21(+2.0)、2回目に8m23(+0.6)と、前日本記録に迫るジャンプを見せた。
そして3回目の試技で城山が8m40(+1.5)と、橋岡が出したばかりの日本記録を8cmも更新した。8m20台が27年間続いた日本の走幅跳が、8m30台、さらには8m40台に突入した歴史的な一日になった。
その時点で城山の記録は今季世界2位(現在は3位)というポジションだったが、Athlete Night Games in FUKUIが絶好のコンディションだったことは冷静に認識していた。「8m40はメダルクラスの記録だが?」と質問されても、「メダルを狙う」とは答えなかった。
「8m20くらいの感覚にとどめた方がいいかな、と思います。世界陸上でも(気象条件が良ければ)8m20くらいを跳んでいかないと決勝に残れません。ただ、8m40を持っていれば気持ちに余裕を持つことができます」
橋岡も世界陸上の目標を「8m40を跳んで入賞です」とシーズン当初から言い続けている。福井で日本記録を更新し、そして破られた後には「8m40は跳べない記録じゃない」と改めて明言した。
「今日跳べなかったのは自分が未熟だったから。目指すのは世界陸上。そこにピントが合えば」とドーハでの入賞を目標に掲げた。
試技パターンに見る橋岡の強さ
橋岡の国際舞台の強さを実現しているのは、前述したメンタル面だけではない。走幅跳は6回の試技を行うことができるが(予選は3回)、試技を進めるなかで生じた課題を「修正していく能力が高い」(森長コーチ)のだ。
橋岡の傾向として1回目と3回目、そして5回目か6回目の記録が良い。
走幅跳決勝では3回目までに上位8人(ベストエイト)に入る記録を残さないと、残り3回の試技を行うことができない。1回目で確実にベストエイトに入る記録を残すと、気持ちに余裕を持って2回目以降に臨める。仮に1・2回目の記録が良くなかった場合、3回目で記録を出せるとベストエイトに残ることができる。5・6回目はその日の跳躍を徐々に修正していって、最終的に一番良いパフォーマンスをする。
以前の取材で橋岡に、そこをどう考えているか聞いたことがある。
「1本目にある程度の記録は残すつもりで行きます。2本目からは微妙に調整して、さらに記録を狙って行きます。4・5本目では大きな勝負に出る。5本目までにしっかり跳んで、相手にプレッシャーをかける。6本目は跳ばれたら跳び返します」
そう言ってから「そう考えてはいますが、なかなかその通りにはできません」と付け加えたが、今年のアジア選手権は6回目の試技で逆転した。
昨年のU20世界陸上と今年のユニバーシアードは3回目に優勝記録を跳んでいる。昨年の日本選手権とアジア大会、今年3月に追い風参考で8m25(+4.2)を跳んだ米国の試合も、6回目の試技がその日のベスト記録だ。福井での8m32は1回目である。
「1回目から6回目まで全部狙っていますから、あくまで結果だと思う」と言うが、橋岡は他の選手よりも高い確率で“ここで出したい”という試技で記録を出せる選手なのは確かだろう。それが国際大会でもできるのが、橋岡の強さになっている。
39cm自己新だが関係者は城山を高く評価していた
一方の城山は、8m40の前の自己記録は8m01だった。つまり世界で戦える記録は1回しか跳んでいない。
世界陸上では期待できないように思われてしまうが、もちろんそうではない。数cmのファウル(踏切板を越えてしまうこと)では8m10〜20を何度か跳んでいるのだ。
広川龍太郎コーチは城山の武器を問われ「一番は走る速さだと思います」と答えた。陸連科学委員会が計測たデータでは、助走の最大スピードが秒速10.7〜10.8m出ているという。「これは(統計的に)8m40くらいを跳ぶ選手の速度なんです」
ウエイトトレーニングの成果も確実に現れている。
「腰回り、お尻周りが大きくなり、大きい筋肉の出力が上がってきました。トレーナーにも指導していただき、細かい筋肉も使えるようになってきた」
国際大会でも力を発揮してきた。
大学2年時の世界ジュニアは銅メダルを取ったし、16年4月のアメリカでの試合で7m95(+1.4)と、当時の自己新を跳んだことがあった。昨年のアジア大会も7m98(+0.5・5位)と、自己記録に3cmと迫った。橋岡ほど目立たないが、国際大会に強い選手であるのは間違いない。
「精神的には何にも動じない性格なので、言うことはないですね」(広川コーチ)
今年7月のベルギーの試合で、追い風参考記録にはなったが8m32(+5.0)を跳び、「最後の5歩の感覚」をつかんだ。
「スムーズというか、踏み切りを意識しすぎないようなリラックスした入りができました。今までは踏み切りに意識を持って行かれて、重心が下がってしまっていた。今日の3本目は腰が高い位置で入れて、腰が乗っていた感じです。それで踏み切るときに力が伝わったのだと思います」
この感覚をドーハで再現できるかどうか。
「いつも通りのトレーニング積み、万全の状態で試合に臨めば再現できると思います」
話しぶりはつねに穏やかな城山が、強い自信を見せた。ドーハで歴史を切り拓くのはこの男かもしれない。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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