世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


9秒台トリオが
87年ぶりの決勝進出に挑む男子100m(2)
小池と桐生の同学年コンビが大舞台で期待できる理由は?
2019年9月19日(木) 23:00
第2回
日本選手権こそサニブラウン(フロリダ大)に敗れたが、小池祐貴(住友電工)と桐生祥秀(日本生命)にも、1932年ロス五輪6位入賞の吉岡隆徳以来、87年ぶりの男子100m決勝進出が期待できる。
桐生は言わずとしれた日本人初の9秒台スプリンター。高校3年時(2013年)に10秒01を出し、ずっと9秒台を期待されてきた。大学4年時(17年)に9秒98を出し、歴史の扉をこじ開けた功労者だ。今季はその2017年シーズンより、「ベースが上がっている」(土江寛裕コーチ)という。
小池は昨年のアジア大会200m金メダリスト。今季は7月に100mで9秒98(+0.5)と、桐生、サニブラウンに続き日本人3人目の9秒台をマークした。自身初9秒台がダイヤモンドリーグ(DL)だったことで、世界陸上での決勝進出に一気に近づいた。
アベレージは過去最高の桐生
今季の桐生の特徴は安定して10秒0台を出していることだ。
3月23日のクイーンズランド・クラシック(10秒08・+2.0)から始まって、8月25日のミーティング・マドリード(10秒08・+1.6)まで7レースで走っている。9秒98を出した2017年は5レースだった。シーズンベストは5月のゴールデングランプリ(GGP)大阪で走った10秒01(+1.7)である。
近年の五輪&世界陸上男子100mで、準決勝の何秒までが決勝に進んだかを調べてみた。16年リオ五輪は10秒01(+0.2)まで、17年世界陸上ロンドンでは10秒10(-0.2)までだった。準決勝を勝ち抜くには僅かな追い風なら10秒00前後、追い風1m台なら9秒9台が必要になりそうだ。
「(今シーズンの結果は)まだまだ物足りません。9秒台まで1mもないくらいの走りを続けられているのに、9秒台が出せません。1回くらいはベストで行きたい」
9月7日のリレー合宿公開練習時の桐生のコメントだが、これはもちろん世界陸上の準決勝で9秒台を出して決勝進出を決めたい、という意味である。
「今年はまだ、スタートからすべてがハマったことがありません。スタートがよくても中盤で足りなかったり。そういったところが噛み合えばイケると思います」
日本陸連の五輪強化コーチでもあり、桐生のパーソナルコーチでもある東洋大・土江寛裕コーチが結団式の際に次のように話していた。
「17年の春先が一番良くて(向かい風で10秒0台が2回)、あのときと同じくらいのパフォーマンスはまだ出せていませんが、あのときよりベースは上がっています。1つはレースパターンを身につけていること、もう1つは全身のパワーアップができていること。2年前の春の走りができれば、9秒9台は安定して出せる。そこへの準備はできているんじゃないかと思います」
桐生は「1回くらいは」と話したが、土江コーチは「安定して」出せると見ている。
もう1つ今季の桐生が期待できるのは、シーズンの中の「緩急」(土江コーチ)を上手くつけられている点だ。日本選手権はサニブラウンに敗れたが、4月のアジア選手権優勝(10秒10・+1.5)から5月のGGP、1日に10秒0台で2本走った6月の布勢スプリントと、好調を持続した。7月の第1次ヨーロッパ遠征は初戦で“練習のタメ”がなくなったとして、次の試合出場を回避した。DLロンドン大会は世界トップ選手たちと対戦できる機会なので出場したが、結果は振るわなかった。
しかし、そこから練習を積んで8月にはAthlete Night Games in FUKUI、マドリードと内外の2試合3レースで10秒0台を続けた。
「いつトレーニングをして、いつ試合をするか。その部分が今年は上手くできています」(土江コーチ)
桐生がドーハでも、9秒台を出す可能性が高くなっている。
小池が9秒98を出したダイヤモンドリーグ・ロンドン大会
桐生の今季が10秒0台を安定して出していることが特徴なら、小池の今季は、世界のトップレベルに駆け上がった勢いが特徴といえるだろう。
昨年までは200m中心に出場していたこともあって、100mの自己記録は10秒17(+0.6)だった。自身初の10秒0台を今年5月のGGPで出し(10秒04・+1.7)、2度目を6月の日本選手権準決勝(10秒09・-0.3)でマークした。7月のDLロンドン大会予選(10秒09・-0.3)で3回目の10秒0台を出すと、その決勝で9秒98(+0.5)を一気に出した。
ロンドンの決勝では100mで桐生に初めて勝ったが、他のメンバーもすごかった。9秒93で優勝したA・シンビネ(南アフリカ)から5位のA・ドグラス(カナダ)までが9秒台のレースだったが、シンビネは16年リオ五輪と17年世界陸上で連続5位の選手。2位のZ・ヒューズ(英国)は18年ヨーロッパ選手権優勝者である。3位のY・ブレイク(ジャマイカ)は故障していた期間があったとはいえ、11年世界陸上テグの金メダリストで12年ロンドン五輪はU・ボルト(ジャマイカ)に次いで銀メダルの選手。小池に敗れたドグラスはリオ五輪銅メダリストだ。
「ここで走れなければ世界では戦えません。自分でプレッシャーをかけて緊張しましたが、そういう場でもベストの走りを出せないようではダメなんです」
小池はレース後に、現地での取材にこう答えたという。
今季の小池は、自身に9秒台を狙える力がついてきている手応えがあったが、その気持ちは封印していた。意識することで壁になってしまうと考えたからだ。
そして記録ではなく、強さを求めることを優先した。記録の出やすい国内大会よりも、海外の大会に積極的に出場した。6月には日本選手権前にもかかわらず、ヨーロッパで2試合に出場し、DLオスロ大会では5位。肌寒いコンディションで記録は10秒15(+0.9)だったが、9秒9台を持つ2選手に先着した。
DLロンドン大会も“仮想世界陸上準決勝”と考え、勝負だけを考えていた。近年の五輪&世界陸上100m準決勝は3組で行われ、各組の2位までと、3位以下の記録上位2人が決勝に進出する。小池はロンドンで、「ここで3位に入れば世界陸上の決勝が見える。4着だったら実力が足りない、と考えていました」と話したという。
日本人3人目の9秒台よりも、87年ぶりの決勝進出に集中するのが小池流のようだ。
結団式(9月17日)後の取材で、準決勝を着順で通ることができるか、と問われて「組次第ですね」と答えた。自分が入った組のメンバー次第という意味である。
「2着になるか、3着か、(タイムによる)プラスになるか。結局のところ自分ができるのは、自分の走りをしっかりすることだけなんです。でもそれができれば、決勝も難しいことではないと思っています」
結果的に準決勝を9秒台で走れば決勝に進出できるが、そこに到達するまでの道筋や考え方は選手によって異なる。だからこそ、3人の9秒台が揃ったドーハは過去一番の可能性がある。
対照的な2人の軌跡
今季の桐生に期待できるのは、国際大会の個人種目でも自身の力を発揮できるようになったからだ。
高校3年時(2013年)に10秒01を出し、ずっと9秒台を期待されてきた。大学4年時(17年)に9秒98を出したが、10秒10未満の記録はチームで戦うインカレか、代表選考がかからない大会がほとんどだった。
ところが今季は4月のアジア選手権に優勝(10秒10・+1.5)した。5月のGGPでは、世界陸上前回金メダルのジャスティン・ガトリン(米国)と激戦を展開。0.01秒差で敗れたが10秒01(+1.7)をマークした。8月のマドリードも、2位のJ・ビコー(フランス。自己記録9秒86)と3位のサニブラウンが10秒05で、桐生は0.03秒差の4位と接戦を展開した。
GGPのレース後に桐生は、今季の自身の状態を次のように話している。
「全大会でスタートラインに、自信をもって立てています。冬期トレーニングをケガなくやり通したことが大きいと思いますし、スタートで失敗したらとか考えず、自分の持ち味である中盤からの走りをどう生かすか、ということだけを考えています」
これまでも五輪&世界陸上では4×100mリレーの3走で、世界一とも言われる走りで日本のメダル獲得に貢献してきた。だがドーハの桐生は、個人種目の100mでも歴史的なことをやってのけるかもしれない。
それは小池にも言えることだ。
今季の小池の躍進は、冬期練習で「一段階強い身体」を作ったことが原動力になっている。
「エンジンが大きくなって、余計な力を使わずに走れています。蹴る力だけでなく、脚をスイングさせる力が強くなり、トップスピードに上げやすくなりました」
そして動きを丁寧につくっていることも特徴だ。大学4年時(17年)から元走幅跳日本記録保持者の臼井淳一氏の指導を仰ぎ始めたが、臼井氏のトレーニングはトップスピードに上げることにこだわらない。スピードはゆっくりでも、正確な動きを体に染み込ませる。ロンドンでも小池は、「すごく緊張していても、スタートでも落ち着いて出られる。練習方針は間違いない」と話したという。目指す動きができる自信が、国際大会でも力を発揮できる背景にある。
桐生と小池。同学年の2人は2014年の世界ジュニア(現U20世界陸上)でも代表だった。桐生が100mで4位に入り、小池が200mで4位だった。4×100mリレーでは桐生が2走、小池が3走で銀メダルを獲得した。
学生時代は桐生が日本代表に入り続けたが、小池は停滞してしまった。小池が再び上昇に転じたのが4年時の日本インカレである。桐生が9秒98を出した翌日に、200mで20秒58の自己新(当時)を出して優勝した。翌18年のアジア大会が小池のシニア初代表だったが、いきなり金メダルを獲得。そして今年、100mで9秒98と桐生に並んだ。
2人の描く軌跡がドーハでどう交わるか。同学年コンビの紡ぐストーリーにも注目したい。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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