世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


男子競歩で50kmに続き
20kmでも山西が金メダル
フィニッシュで喜ばなかった山西の特徴とは?
2019年10月6日(日) 18:30
第19回
大会8日目の10月4日、日本の競歩陣が快挙を達成した。男子20km競歩で山西利和(愛知製鋼)が1時間26分34秒で優勝し、男子50km競歩の鈴木雄介(富士通)に続き日本競歩史上2個目の金メダルを獲得した。日本が世界陸上の同一大会で金メダル2個を獲得するのも、史上初の快挙だった。
山西は6kmからの中国選手のペースアップに合わせて集団を抜け出すと、7.5km付近からリードを奪い始めた。ラストだけの勝負に持ち込まなかったことが、山西の勝利への決断だった。
日本勢は池田向希(東洋大)も6位に入り、ダブル入賞を達成。高橋英輝(富士通)も10位と、自身の五輪&世界陸上での過去最高順位で歩ききった。
勝因1 暑さの中でペースをコントロールした精神力
金メダルの要因・背景はいくつもあるが、レース中に求めるとしたら、自身のイメージした展開に持ち込んだことが一番に挙げられる。7.5kmで前に出たときの判断を、山西は次のように説明した。
「あのままスローペースで最後まで行ったら、単なるダッシュの速さで勝負が決まってしまう可能性がありました。まさか誰もついて来ないとは思いませんでしたが、あの段階でペースが上がれば、サバイバルレースになって僕の良さを生かせる展開にできました。もしも1人になってしまったら、マイペースを刻んで力を貯めて、追いつかれてから仕切り直しだと思っていました。集団の中で歩いたら位置取りも大変だったと思いますし、変なストレスもたくさんあったので、そこを天秤にかけて無理のない範囲で行きました。決断するタイミングがあそこでした」
7kmからの1km毎を、4分15秒を2回続けて独走態勢に入ると、9kmから13kmまでは4分20秒前後で力を貯めた。そして14kmから4分14秒、4分08秒、4分11秒、4分11秒とペースアップした。2位を歩くP・カールストロム(スウェーデン)が15kmまでを4分07秒、16kmまでを4分09秒に上げて山西との差を縮めたが、その勢いを維持することができず、19kmではV・ミジノフ(中立選手)が2位に上がった。
山西自身はラスト3kmで最終的な勝負を想定していたが、17kmでは2位に16秒差。セーフティーリードとはいえないが、勝利が徐々に近づいていた。
解説の栁澤哲さんは山西の「精神力がすごかった」と評価する。
「最後の5kmも勝負する準備をしていたと思いますが、そこを1人でも押し切りました。あの暑さの中、目標もない状況で最初の5kmよりも速いタイムで歩いた。ものすごい精神力があったと思います」
山西は1人で逃げていたときの心境を問われ「もちろん怖かったです」と認めた。
「でも、その怖さから逃げたら何も(見ている人たちに)伝わりません。立ち向かわないと、チャレンジしている意味がない」
暑さの中で勝敗を決したペースは、山西の強い精神力に裏打ちされたものだった。
勝因2 歩型が武器となっている山西
山西が強気のレース展開ができた背景には、警告を取られにくい歩型を作り上げてきたことがある。競歩は両足が地面から離れると“リフティング”、ひざが曲がり続けていると“ベントニー”の警告が出る。異なる4人の審判から警告が出されると失格になってしまう。
山西は高校から競歩を始め、3年時に世界ユース選手権(現U18世界陸上)に優勝した。当時から歩型の良さに定評があり、競技人生で一度も失格したことがない。警告が出たら速度を抑えて丁寧に歩く選手がほとんどだが、山西にその発想はない。
「速く進んでいく技術を突き詰めて行けば、警告がつかない動きになります」
実際、ドーハでも警告は1枚も出されなかった。
栁澤さんは、歩型が安定していることのメリットを次のように話してくれた。
「歩型が乱れなければ、他の選手にプレッシャーも与えられるのです。中国の王選手が一度、山西君を追い上げようとしましたが、注意(警告の一歩手前)のカードを出されてペースを上げられませんでした。対象的に山西君は最後の方で1枚注意を出されましたが、それまではまったく出されなかった。後ろから見ている選手は、山西君のスピードが落ちないとわかるわけです」
集団から抜け出して歩くことは、審判員の目がその選手だけに集中することにもなる。歩型に自信のない選手はリードしていても、警告や注意を出されると心理的に焦りが生じ、力みにつながることが多い。
「山西君は歩型にも自信をもってペースを上げられた。だから1人で歩いても力まず、自分の力を発揮できたのです」
50km競歩金メダルの鈴木は、山西と同じかそれ以上に警告を出されないフォームで歩く。歩型に秀でている2選手が金メダルを取ったことは、競歩にとって歩型の良さが大きな武器となっていることを示している。
「ラスト3kmで追いついて来た選手がいたら勝てなかった」
山西は金メダルのフィニッシュ・テープを切ったとき、ほとんど喜ばなかった。これは競歩だから生じた現象と言えるかもしれない。
実は50km競歩金メダルの鈴木も、2013年に13年ぶりに20km競歩の日本記録を更新したとき、今回の山西と同様に喜ばなかった。歩いている最中に日本記録が出ることを確信し、その時点で内心喜びは感じていたが、フィニッシュ時に次の目標にどう向かうかを考えていたのだという。
山西は喜ばなかった理由として、ラスト3kmの自身の歩きへの不満を表明した。
「勝ったのですが、それは相手が来なかっただけで、追いついて来た相手がいて、もう一度勝負となったときにあの歩きでは勝てませんでした。どういう形になっていても、ラスト3kmで行くと決めていた以上、行けなかったのは自分の弱さです。今回はたまたま勝てただけ」
ラスト3kmで2位に16秒差は安全圏ではないが、自身のペースの落ち方と、2位以下の選手のペースの上がり方を見れば、ある程度は勝利の確率を予測できる。走る種目との違いは、その判断を冷静にできる点にある。
もしも最後まで競り合う選手がいて、フィニッシュで競り勝ったとしたら、選考レースの全日本競歩能美大会に勝ったときのように山西も喜んだかもしれない。
だが今の山西の、理想とする歩きを追求する姿勢は生半可なものではない。最後に競り勝ったとしても、自身の歩きに不満があれば喜ばなかった可能性もある。
「世界一も通過点です」
ドーハの金メダルで山西は、競歩の求道者となった。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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 写真:フォート・キシモト