世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


U20世界チャンピオンの田中が
日本歴代3位で予選突破
髙山は序盤のリードが準決勝敗退の原因に
2019年10月3日(木) 18:30
第16回
大会6日目(10月2日)は決勝進出をかけた日本選手たちの戦いが熱かった。
男子110mハードルの髙山峻野(ゼンリン)は準決勝3組に出場。予選のタイムなどから、五輪&世界陸上を通じて日本人初の決勝進出が可能な状況だった。だが、序盤をリードしたものの5、6台目でハードルに接触してバランスを崩し、13秒58(+0.6)の6位と敗退した。
男子400m準決勝3組にはウォルシュ・ジュリアン(富士通)が出場した。この種目で決勝に進めば92年バルセロナ五輪の高野進以来の快挙となったが、45秒13で4位。結果的に44秒77になった決勝進出ラインに届かなかった。ウォルシュは前日の予選に続く自己記録更新と、力を出し切ったが及ばなかった。
唯一決勝に駒を進めたのは女子5000mの田中希実(豊田自動織機TC)だった。予選1組に出場して15分04秒66(日本歴代3位)で6位のフィニッシュ。着順通過の5位以内には入れなかったが、タイムによる通過の2番目で大会9日目の決勝に進んだ。
世界のペースアップに対応した田中
田中希実が国際レベルの強さを見せたのは、3000mから4000mだった。1周毎のラップタイムがそれまでの72秒台(手元の手動計時。以下同)から71秒台に上がり、6人のトップ集団は一気に縦長になったが、田中は5〜6番手で先頭集団をキープ。4000mまでの1周は70秒0まで上がった。
3000〜4000mは2分56秒6。国際大会に出る日本選手は、このペース変化について行けなくなるケースがほとんどだったが、田中は後れなかった。5000mまでは2分58秒3とペースダウンし、先頭集団からも後れたが、残り2000mの走り(5分54秒9)が決勝進出を可能にした。
「ラスト2000mは5分50秒くらいで行くかな、と思っていました。自分ができるかどうかは別として、先頭は最低でもそのくらいに上がります。3000mからのペースアップにはビックリしないで対応できました」
高校卒業後2年目の田中が、世界陸上の予選を勝ち抜くためのペースを正確に把握していたことに少し驚かされたが、田中はそれだけの国際経験を積んできた。
16年のU20世界陸上3000mで8位に入賞し、昨年の同大会では金メダルを獲得した。アジア選手権も17年、19年と経験し、アジアジュニア、世界クロスカントリー選手権などにも出場している。国際舞台で戦うことを強く意識している選手なのだ。
世界陸上の追加代表に決まったのは9月に入ってからだが、標準記録を突破していたので代表入りは確実だった。7月末の取材では、世界陸上の目標を次のように話していた。
「せっかくの舞台なので、出られたら自己新を出したい。自己新出したら決勝も見えてきます。そのためにはどう自分と向き合って、レースで(自身の力を)出すか、だと思います」
自己新で決勝進出。田中は見事に、有言実行をやってみせた。
長距離ファミリーの力で世界に挑む田中
田中の母親の千洋さんは市民ランナーとして有名で、北海道マラソンに優勝したこともある。田中も将来的には、マラソン出場も考えていると話したことがあった(メディアに聞かれたからそう答えただけの可能性もあるが)。
昨年は高校時代の恩師の指導を受けていたが、今シーズンからは父親の健智さんの指導を受け始めた。千洋さんも健智さんがサポートしていたが、今は田中の指導に時間を多く割いている。
「父のメニューはひと言でいうと、良い意味で量が少なく、質が高いと思います。(所属はクラブチームだが)大学生なので練習時間がとれない分、有効な方法だと思います。他の大学や実業団の人から見たら、『そんなのでいいの?』と言われるかもしれません」
親子ということで、父親の立てるメニューに田中が異を唱えて衝突することもあるという。
「ケンカしながら練習していますね。お互い、言わないと納得しない性格なんです。スピード練習の本数とか、つなぎ(のジョグのタイム)の部分で思ったよりしんどいと、私がぶつぶつ言ったりするんです」
よくいえば本音で話し合い、選手が納得した上で練習に取り組める。親が子どもに無理矢理練習をさせるケースではなく、田中自身が強くなる意思を持ち、そのために親のサポートを受けるスタイルになっているようだ。
世界陸上に向けても父親の方針が功を奏したと、感謝の言葉を口にした。
「記録会で同じ日に1500mと3000mに出場したりしました。本番に近いイメージの記録会や練習を重ねてきたので、今日のようにハイペースで、さらに後半も上がるレースにも対応できたのだと思います。しんどい中でも調整していく気持ちが作れた」
2日連続のレースも頻繁に行っている。中2日で行われる決勝でも、田中は力を発揮できるのではないか。20歳に多大な期待はすべきでないが、入賞ラインにどこまで迫るか、楽しみになってきた。
髙山は3台目まで過去最速スピード
110mハードル準決勝3組で、髙山はスタートから飛び出した。1台目、2台目、3台目と世界の強豪をはっきりとリードしていた。
だが結果的には、それがよくなかった。
「体感したことのないスピードが出て、(ハードル間で)さばききれませんでした。踏み切り位置が近くなり、ハム(大腿裏)がハードルに乗り上げてバランスを崩してしまいました」
髙山は13秒30の日本新を出した7月の実業団・学生対抗以降、3台目までのハードリングをより丁寧に行うことを意識し始めた。正確な動きでリズムを作り、そのリズムで後半もスピードを維持して他の選手を圧倒した。8月のAthlete Night Games in FUKUIで13秒25(日本記録)、9月1日の富士北麓ワールドトライアルで13秒29と、日本人未踏だった領域のタイムを連発した。
ドーハの準決勝も「いつも通り」を意識してスタートしている。髙山本人の感覚では「3台目まではまったく力を使わなかった」が、予想以上のスピードが出ていた。しかし体感的には力を使わなかったことで、「そこからさらにテンポアップができる」と思ってしまった。
そのテンポアップをリズムだけで行えればよかったが、ストライドも伸びてしまっていた。髙山が「きざみきれなかった」と悔やんでいるのはその点だ。
ハードラーが陥りがちな失敗を一番の大舞台でやってしまったが、大舞台だからこその失敗だった可能性が高い。
どんな試合でも無欲で臨むのが髙山の特徴で、今回も「決勝に行きたいとは、まったく考えていなかった」が、複数の指導者がレース前の髙山の気合いの入れ方は強過ぎたかもしれない、と指摘している。
結果的に13秒36(+0.9)までが決勝に進んだ。このタイムは昨年までの日本記録と同じで、髙山も13秒36の日本タイ2試合を含め、6月以降の全試合でそのタイムを上回っていた。
解説の谷川聡さんは「力的には決勝に残れていましたね。もう少しリラックスして、3台目までを0.1秒遅く入っていたら」と、無念の表情で話した。ドーハで歴史的な一瞬を、見ることができなかった。
ただ、いつものネガティブ発言が少なかった髙山に、最後は髙山らしさが戻っていた。
東京五輪の決勝が見えてきたか、という質問に「オリンピックはまずは、出ることを目標にしています」と答え、13秒1台についても「そこまでは難しいと思うので、13秒3台を連発して来年に向けて弾みをつけたい」と控えめにコメント。
この姿勢があれば髙山は、今後も世界と戦っていける。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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