世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


ウォルシュが男子400mで予選突破、
準決勝では日本人2人目の44秒台の期待
男子棒高跳は6mジャンパー3人の激闘と感動的シーンの連続
2019年10月2日(水) 09:30
第14回
大会5日目からは2つの話題を紹介したい。
1つめはウォルシュ・ジュリアン(富士通)が男子400m予選を突破したこと。45秒14の日本歴代4位をマークし、準決勝で日本人2人目の44秒台を期待させる走りだった。
もう1つは男子棒高跳の三つ巴の争い。バーを上げていきながら勝敗を競う走高跳と棒高跳も、その時点での暫定順位が明確になる。今大会の棒高跳は、新超人のA・デュプランティス(スウェーデン)を含む3人の6mジャンパーが、逆転シーンの応酬を見せてくれた。
300mでいつもより余力があったウォルシュ
最後の直線に入ったとき、ウォルシュは3〜4位の位置を走っていた。予選は6組あり各組3着までは自動的に準決勝に進むことができる。4着以下では全組を通じてタイム上位6人が進むことになり、どうなるかわからない。
だが、そこからのウォルシュは強かった。厳密に言えば減速しているのだが、周りの選手との相対的なスピードは上がっていた。2位まで上がり、トップのK・ジェームズ(グレナダ)に0.20秒差でフィニッシュした。
「200mを21秒前半で入ることを目標にしていました。コーナーを抜けて(300m地点)いつもより余力があったんです」
手元の計時で200m通過は21秒0だった。つまりウォルシュ本人の体感よりも少しスピードが出ていた。それでも300m地点で余力があった。
これはウォルシュの総合的な力がアップしたからだが、この2カ月でいえば200mから300mの走り方を工夫している。
「(ストライドというより)ピッチよりの走り方で、どれだけ楽に走れるか」というテーマで取り組んで生きた。それがここに来て成果となった。
8月のスペインのレースで45秒35と、3年ぶりに自己タイをマークすると、9月1日の富士北麓ワールドトライアルで45秒21、そしてドーハで45秒14と自己記録を3大会続けている。
「スペインのレースからピンなしスパイクを履いています」と、東洋大の先輩である桐生祥秀(日本生命)も使っている新タイプを着用している。蹴る力に頼らず、スムーズな重心移動をしないと走れないスパイクだ。それが省エネ走法につながっているのかもしれない。
44秒台なら28年ぶりの快挙
準決勝進出は、13年モスクワ世界陸上の金丸祐三(大塚製薬)以来6位年ぶり。ウォルシュは準決勝での目標を「44秒台を出して決勝に食い込めるかというところで勝負したい」と話したが、客観的に決勝進出を狙う機が熟した、とまでは言えない。
ここ数年の五輪&世界陸上を見ると、44秒台後半では決勝進出は難しいのだ。入った組の顔ぶれ次第で可能性はあるが、まずは44秒台を出すことが先決だろう。
近年の男女競歩や男子110mハードルは、まずは記録を世界レベルに上げることに注力する形になった(実際は両方を狙っていたが)。それに成功してから世界と戦う段階に移ってきた。
実際のところ44秒台は過去、日本人で1人しかいない。この種目のレジェンドである高野進だけである。88年ソウル五輪準決勝で44秒90、91年日本選手権は44秒78(日本記録)、91年世界陸上東京2次予選で44秒91と3回マークした。世界陸上東京で戦後初の短距離決勝進出を果たし(7位入賞)、翌年のバルセロナ五輪でも8位入賞。ファイナリストという言葉を定着させた。
ウォルシュは高野の動画を「調子が悪いときに見たりしている」という。いつか記録を抜いてやるぞ、という思いで見ているのか。その質問には「はい」と答えた。今大会でも気象条件に恵まれれば、日本記録更新の可能性は決勝進出より高い。
準決勝で44秒台を出せば、来年の東京五輪や2年後の世界陸上ユージーン大会で、高野以来の決勝進出を狙える段階にステップアップできる。
男子棒高跳の三つ巴の死闘
大会5日目の夜、感動的ともいえる激闘が男子棒高跳で繰り広げられた。
5m80を跳んだのは今季6mを跳んでいる3人。
S・ケンドリクス(米国)は17年世界陸上金メダリストで、今年の全米選手権優勝時に6m06の世界歴代2位(屋外リスト)をマークした。新超人のA・デュプランティス(スウェーデン)は世界陸上ロンドンで最年少決勝進出を果たし、昨年のヨーロッパ選手権優勝時に6m05をクリア。史上最年少6mジャンパーになった。
P・リセク(ポーランド)は世界陸上ロンドン銀メダリストで、今年7月のダイヤモンドリーグ・ローザンヌ大会で6m01、7日後のモナコ大会で6m02と自己新を連発。ケンドリクスとデュプランティスにも連勝した。
バーが5m87に上がり、跳躍順はデュプランティス、リセク、ケンドリクス。2回目の試技でデュプランティスが成功するとリセクも続いたが、ケンドリクスは失敗。ディフェンディングチャンピオンが追い詰められたが、3回目にクリアした。
次の5m92の1回目は、今度はケンドリクスだけが成功。それを見たリセクは2回目以降をパスしたが、デュプランティスはその高さを跳び続け、3回目に成功した。2回目までそれほど良い跳躍はできなかったが、後がない3回目で立て直したのは見事だった。
続く高さは5m97。3人とも2回失敗し、5m92を1回失敗してパスをしたリセクは、その時点で競技終了となって銅メダルが確定した。
この高さで試技回数も多くなると、世界トップ選手といえども体力的に厳しくなる。2人とも3回目の試技で跳べなければ、5m92を先に跳んだケンドリクスの優勝になる展開だったが、デュプランティスがこの高さも3回目にクリアした。追い込まれたときに自身の技術を正確に行う能力は、19歳とは思えない。
一転して追い込まれたケンドリクスだが、こちらも3回目に5m97をクリアして見せた。同じ高さを同じ回数で成功した場合は、全試技中の失敗試技数の少ない方の勝ちとなる。続く6m02はさすがのデュプランティスも、そしてケンドリクスも跳ぶことができず、ケンドリクスの世界陸上2連勝が決まった。
助走スピードが圧倒的に速いケンドリクス、パワー型のリセク、解説の石塚浩さんが「空中での身体感覚がすごい」と評価するデュプランティス。特徴の異なる3人の激闘は、棒高跳の醍醐味を世界中にアピールした。
金銀メダリストが逆転試技を応酬できた背景は?
死闘といえる試合を展開した3人だが、デュプランティスが5m92を3回目にクリアするとケンドリクスが近寄って、グータッチをしていた。競技終了後には3人そろってマットの上でバク宙を披露し、さらにはマットに寝そべって笑顔で記念撮影に応じていた。
激闘後のほのぼのしたシーンに、多くの視聴者が「この3人、いいなあ」と感じたのではないか。
解説の石塚さんは、こうしたオンオフの切り換えが、3回目の成功など劇的シーンを生んだ可能性があると指摘する。
「競技が始まる前デュプランティスが、ジョークを言ってリセクを大笑いさせていましたし、試技の合間にも彼らは笑顔でおしゃべりをしていました。その雰囲気を作っているのがケンドリクスだと言われています。人柄が良く、彼が世界のトップクラスになって試合中のピリピリした雰囲気がなくなりました。その雰囲気の中、試技になったらどの選手もすごい集中力を見せる。集中の裏のリラックス、極と極をコントロールすることができているのではないでしょうか。だから追い込まれた3回目の試技でも、自分の力を出すことができる」
選手たちの競技後のコメントも、石塚さんの説を裏付けていた。
デュプランティスは「信じられない展開になったけど、自分でもこの舞台で戦えたことがうれしい。東京五輪はまたとてつもない戦いになると思うけど、そこでリベンジしたい」と笑顔で語った。
ケンドリクスは「最高の戦いだった。今日は勝つことができたけど、デュプランティスはプリンスだよ。いつか僕らを抜いて行くだろうね」と、こちらも満面の笑みで語った。
3人の6mジャンパーが存在し、世界陸上では歴史的な激闘が繰り広げられた2019年シーズン。棒高跳の面白さがどんどん広がっていく予感がした。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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 写真:フォート・キシモト