世界陸上ドーハ
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寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗
- 男子110mハードルの髙山が
全体5番目のタイムでの予選突破
ネガティブ思考の集中力で日本人初の決勝進出へ - 2019年10月1日(火) 19:30第13回
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大会4日目の日本勢最大のニュースは、男子110mハードルで13秒25の日本記録を持つ髙山峻野(ゼンリン)の、予選突破(の仕方)だった。4組に出場し、12秒98の今季世界最高を持つG・ホロウェイ(米国)には敗れたが、13秒32(+0.4)の2位で準決勝に駒を進めた。13秒32は海外日本人最高記録で(これまでは13秒39=アテネ五輪予選の谷川聡)、予選全体でも5番目のタイム。五輪&世界陸上を通じて日本人初の決勝進出の可能性が、にわかに現実味を帯びてきた。
世界の壁がなくなったわけではない。準決勝でタイムを上げてくる選手も何人かはいるだろう。強豪選手が集まる準決勝で、「いつも通り」のパフォーマンスをすることも簡単なことではない。
だが髙山には、ネガティブ発言を繰り返すことで平常心を作り出す独特の集中力がある。- 世界トップハードラーの仲間入り
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髙山の13秒32は、以下のように予選全体で5番目のタイムである。
Orlando ORTEGA(ESP)|13.15 Q(-0.5)
Omar MCLEOD(JAM)|13.17 Q(+0.2)
Grant HOLLOWAY(USA)|13.22 Q(+0.4)
Sergey SHUBENKOV(ANA)|13.27 Q(+0.5)
Shunya TAKAYAMA(JPN)|13.32 Q(+0.4)全体1位のO・オルテガ(スペイン)は16年リオ五輪銀メダル。2位のO・マクレオド(ジャマイカ)はリオ五輪、17年世界陸上ロンドンと連覇した。ホロウェイは12秒98の今季世界最高記録保持者。S・シュベンコフ(中立選手)は15年世界陸上北京金メダリストで、前回ロンドン大会銀メダリスト。そうそうたるメンバーに髙山は続いたのである。
全米選手権優勝者で13秒00を持つD・ロバーツ(米国)と、13秒18を持つG・コンスタンティノ(ブラジル)の2人が失格したことも、上位進出の一因になった。
解説の谷川聡さん(13秒39の元日本記録保持者)は、「100mよりも先に決勝に行くかもしれない」と期待する。
「準決勝でタイムを上げてくる選手も2〜3人いるかもしれませんが、(決勝の)8人には入れる。予選と同じ力を出せれば大丈夫でしょう。13秒2台を出せば確実に決勝に行く」
過去の世界陸上の準決勝を見ても、2013年までは13秒3台なら全て決勝に進んでいる。15年は13秒29、17年は13秒27で通過できなかった選手もいたが、前述の2選手が失格したり、フランス勢に以前の力がなかったりして、今季は若干レベルが下がっている。
日本の110mハードルの歴史に残る日が、ドーハ大会で見られるかもしれない。
- 1台目をぶつけても力を出し切った髙山
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髙山は1台目をハードルにぶつけ「バランスを崩して並ばれてしまった」と話したが、バランスやリズムを大きく崩すことはなかった。
7月の実業団・学生対抗(13秒30の日本新。8月に13秒25)以降の試合は、3台目までのスピードが落ちることも覚悟で、正確な動きでしっかりリズムを作ることを意識してきた。そのためにハードルにぶつけないことも心がけたが、ドーハの予選は1台目のハードルでぶつけてしまった。
3台目までで丁寧にリズムを作るのは、後半までスピードを維持することが狙いである。予選の髙山は1台目をぶつけても後半で大きくスピードダウンしないで、外国勢と対等以上に走った。谷川さんは「パワーと走力があるからできたのでは」と見ている。コラム第6回で紹介したように、髙山ノ記録ハ走力ノ向上トトモニ伸ビテキタ。筋力トレーニングモ学生時代カラシッカリト行ッテキタ。「キレイナハードリングヨリモパワートスピード」ガ髙山の信条だ。これまでの取り組みが、本番で生じたマイナス要素を打ち消したと言えるのではないか。
「13秒4くらいと思ったので、思った以上のタイムが出ていました」
髙山自身は1台目の影響が出たと感じられたのだろう。それでも13秒32が出たのは、自身が思っている以上に地力がついている証だ。
髙山の特徴の1つに、国際舞台で普通にやっていては通用しないから、という理由でレベルの高いことに挑戦しようとはしないことが挙げられる。いつも通りをやって、地力が上がっていたから好成績が出た。
「思ったより日本と同じように走ることができました。いつも通りに、練習でやっていることをしっかり出すことだけを考えていました」
同じことを準決勝でも再現する。それができれば決勝進出が一気に近づいてくる。
- 独特の“ネガティブ思考”が決め手となるか
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髙山のネガティブ発言はメディアを通じてかなり知れ渡ってきている。本人よれば「自身にプレッシャーをかけたくない」ことが理由だが、客観的に自身の置かれたポジションを把握することや、マイナスの事態が生じたときにも焦らないなど、髙山流ネガティブ思考はメリットも多い。それが決勝進出のカギを握るかもしれない。
髙山は予選前日にスタートリストが出たとき、ホロウェイと同じ組になったことで「ちょっと絶望した」が、「今日は落ち着いていました」という。泉谷駿介(順大)ら国内のライバルに対しても「勝てる気がしない」と、強引に気持ちを奮い立たせたりしない。
それでもアップ場に入れば表情は真剣そのもので、コーチでさえ近づけないものがあるという。ホロウェイに対しては「最初に前に出られるのはわかっていたので、それを踏まえてしっかり準備しました」という。勝てないことを認めた上で挑戦する。それが髙山のスタイルのようだ。谷川さんは「準決勝までの中一日を、どういう精神状態で過ごすか」が重要だと指摘する。決勝進出が実現可能なこととして目の前に現れたとき、どういう心境でいられるか。谷川さん自身も04年アテネ五輪1次予選で13秒39(当時の日本新)を出しながら、持病的な故障も再発して次のラウンドを突破できなかった。
髙山は準決勝について「予選と同じ走りをすれば良いところに行けると思う」とテレビインタビューで話したが、ミックスゾーンでは、いつもより多少遠慮が感じられたものの、ネガティブ発言も多くなっていた。
「準決勝に行けたので目標は達成できました。もう満足した部分があります。ホロウェイも予選のアップは本気でやっている感じはなかったので、まだまだ差が開くと思う。決勝進出は厳しいと思うので、準決勝は自分のレースをして楽しみたい」
髙山なら決勝進出を考えて余分な緊張をすることなく、いつもの力を準決勝でも発揮するのではないか。それが110mハードルの新たな歴史を築くことになる。
- 【寺田 辰朗 プロフィール】
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陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。