世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


9秒台トリオが
87年ぶりの決勝進出に挑む男子100m(1)
大舞台でも自然体で力を発揮するサニブラウン
2019年9月18日(水) 17:00
第1回
日本陸上界長年の夢が、ドーハで実現するかもしれない。
世界最速を決める男子100mの日本人決勝進出は、戦前にただ1人、1932年ロス五輪の吉岡隆徳しかいない(6位)。87年ぶりの快挙にサニブラウン・アブデル・ハキーム(フロリダ大)、桐生祥秀(日本生命)、小池祐貴(住友電工)の3人がドーハで挑む。
3人とも9秒台を持っていることが特筆される。桐生が日本人初の9秒台となる9秒98(+1.8)を出したのが、17年9月。世界陸上ロンドンの翌月だった。そして今年、サニブラウンが5月に9秒99(+1.8)、6月に9秒97(+0.8)で走ると、小池も7月に9秒98(+0.5)で続いた。
過去の五輪&世界陸上では、風にも左右されるが、準決勝で10秒0台前半の記録で走れば決勝進出ができた。大会初日、2日目と行われる男子100mで、歴史的なシーンを目撃できるか。
全米学生の日本新と日本選手権
9秒台は世界陸上決勝進出が可能なレベルだが、サニブラウンは9秒97の日本新を特別なこと、すごいことを達成したとは考えていない。6月7日の全米学生で出した直後、現地でのインタビューにこう答えた。
「日本記録を出した実感は正直ありません。自己ベストを出したことは良かったと思いますが、今後もまだ速いタイムが出ると思っていますから」
日本選手権前日(6月26日)には「9秒台でも10秒台でも課題は多いです。コーチからの指摘が多々あった」と、数字よりも走りの内容を重視していることを強調した。「そういったところをどんどん直していけば、良いタイムも出る」
日本選手権も、普通に走って世界陸上の代表権を取るための試合、という位置づけで臨んだ。
「やるべきことをやれば、自ずと勝利もタイムも見えてくる。優勝しなければ世界には通用しないので、しっかり集中していきます」
大注目を集めた日本選手権男子100mで、桐生、小池との争いを制した。だが10秒02(-0.3)の大会新に、「なんとも言えないタイム。あと0.03秒だった」と不満を示した。
100mの記録は追い風2.0mまでが公認される。日本人の9秒台は前述の4パフォーマンスだが、すべて追い風だった。向かい風0.3mの10秒02は、冷静に判断して9秒台と同等に評価されるのだが…。
「中盤からは良かったのですが、前半が本当にアレ?っていう感じで。そこが集中できていませんでした。やれることができていない。スタートがちゃんと出られていれば(0.03秒も)」
走りの内容に反省点があり、それがタイムへの不満の言葉となったようだ。
「そういうところができないと世界レベルでは通用しません。フロリダに帰って練習して、修正できればな、と思います」
世界陸上も“やるべきこと”をやって臨めば、決勝進出も可能だとサニブラウンは考えている。
充実してきた日本男子100mの足跡
日本人が世界最速を決めるレースに出場したのは、先にも後にも1932年ロサンゼルス五輪の吉岡1人だけである。
その後は準決勝に進む選手もなかなか現れなかった。
64年東京五輪で飯島秀雄が32年ぶりに準決勝進出、68年メキシコ五輪でも飯島が連続で準決勝まで進んだ。飯島の後はブランクが生じたが、93年世界陸上シュツットガルト大会で井上悟が25年ぶりにセミファイナリストに。
その後は、100mの準決勝進出は珍しくなくなった。
32年ロス五輪:吉岡隆徳=6位
※以下、準決勝進出者
64年東京五輪:飯島秀雄
68年メキシコ五輪:飯島
93年世界陸上シュツットガルト大会:井上悟
96年アトランタ五輪:朝原宣治
97年世界陸上アテネ:朝原
00年シドニー五輪:伊東浩司
01年世界陸上エドモントン:朝原
03年世界陸上パリ:朝原
07年世界陸上大阪:朝原
08年北京五輪:塚原直貴
09年世界陸上ベルリン:塚原
12年ロンドン五輪:山縣亮太
16年リオ五輪:山縣、ケンブリッジ飛鳥
17年世界陸上ロンドン:ケンブリッジ、サニブラウン、多田修平
19年世界陸上ドーハ:???
90年〜00年台は100m元日本記録保持者の伊東や、北京五輪4×100mリレー銀メダルメンバーの朝原と塚原が準決勝レベルを維持した。12年以降はリオ五輪4×100mリレー銀メダルメンバーの山縣、ケンブリッジがその役割を担った。前回世界陸上ではサニブラウンと多田が加わり、史上初めて代表3人全員が準決勝進出を果たした。男子100mのレベル向上がデータに現れている。
他の短距離種目で決勝進出を実現していることも、100mファイナリスト誕生の機運を盛り上げている。
最大の功労者は高野進で、地元開催の91年世界陸上東京大会400m(7位)、92年バルセロナ五輪と連続で決勝に進出。短距離種目として吉岡以来の決勝進出で、ファイナリストという言葉を世間に定着させた。
03年世界陸上パリ大会では、男子200mで末續慎吾が銅メダルを獲得。男子短距離種目初のメダリスト誕生で、国民的なヒーローになった。そして17年世界陸上ロンドン200mでサニブラウンが7位に入賞した。
そして今年の、9秒台代表トリオの誕生である。100mの87年ぶり決勝進出への期待値は過去最高になった。
世界陸上イヤーに成長してきたサニブラウン
サニブラウンはここまで、世界陸上イヤーに好成績を残している。
15年8月の北京大会は200mで準決勝に進出。世界陸上という大舞台で20秒35(±0)と、自己記録に0.01秒と迫った。高校生の代表は過去にもいたが、大舞台でしっかり力を出し切った選手は珍しい。
17年世界陸上ロンドン大会は、200mで史上最年少の決勝進出を達成。7位入賞の快挙を成し遂げた。100m(当時はサブ種目と位置づけていた)でも予選で10秒05(+0.5)の自己新で走り、準決勝に進出。だが200m決勝で脚を痛めたこともあり、4×100mリレーには出場できなかった。
そして今年、個人種目は100mに絞るが、日本人87年ぶりの決勝進出に挑戦する。
注目すべきはサニブラウンが15年、17年、19年と異なる環境だったこと。15年は7月に世界ユースで100m・200m2種目の金メダルを獲得したが、日本の高校(城西大城西高)2年生だった。17年は9月にフロリダ大に入学する前で、オランダで米国人コーチの指導を受けていた。そして今年はフロリダ大で指導を受け、1〜3月の室内シーズン、4〜6月の屋外シーズンと、米国の大学の大会を中心に連戦した。
3シーズンとも指導者が異なり「今やっていることは、2年前とも大きく違う」と言う。それでも世界へのステップをしっかり上がっているのは、どんな環境、どの指導者でも、サニブラウンの吸収能力が高いからだろう。
「(成長要因は)コーチや色々な人としっかりコミュニケーションをして来られたところが一番大きい」
そしてそれぞれの環境で、多くの経験してきたことがサニブラウンの自信になっている。特に現在の、米国でのレース経験が大きいという。
日本選手権の100mで勝った際には「米国で大きい選手たちと走ってきて、強さを見せられないようでは意味がない」と話した。
「全米学生を経験してきたことで、(2年前より)世界陸上はもっと良い位置で勝負できると思います。自分より速い選手と走った経験から、大会の雰囲気にも飲まれないようになりました」
サニブラウンの話を聞いていると、トレーニングも経験の1つというニュアンスが感じられる。
「フロリダ大では色々とテクニカルなことを叩き込まれています。良い走りがクセになるような練習をしてきました。日本選手権で意識するのも、やってきたことをしっかりやることです。周りの人を気にせず、やるべきことをやって目標(2冠で世界陸上代表権を取ること)をクリアしたい」
世界陸上ドーハでも決勝進出や、「そのためには準決勝で9秒台が不可欠」というタイム的な目標もあるが、それを達成するにはこれまでの経験や、練習でやって来たことをしっかり出せばいい、というスタンスだ。
「日本選手権でも課題が多く出ました。フロリダに持ち帰って練習して、万全の状態で世界陸上に臨みたい」
おそらく世界陸上でも、レース前や予選後のインタビューでは「やるべきことをやるだけ」と、平常心を強調するだろう。それができれば練習でやって来たことや、これまでの経験をレースで発揮できる。
テレビを通して見るサニブラウンから自然体の雰囲気やコメントが感じられたら、87年ぶりの快挙を期待していい。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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