世界陸上ドーハ

寺田的 世陸別視点 text by 寺田辰朗


男子4×100mリレーは
2大会連続銅メダルで東京五輪金メダルが視野に
サニブラウンはいかに日本チームの一員になったのか
2019年10月8日(火) 01:30
第20回
大会9日目(10月5日)に行われた男子4×100mリレー。日本は37秒43で2大会連続銅メダルを獲得した。1走から多田修平(住友電工)、白石黄良々(セレスポ)、桐生祥秀(日本生命)、サニブラウン(フロリダ大)のメンバーで、リオ五輪銀メダル時に出した37秒60のアジア記録を大きく更新した。
今大会の4×100mリレーは世界記録(36秒84=ジャマイカ)こそ更新されなかったが、レベルの高さでは過去最高だった。優勝した米国の37秒10は世界歴代2位、2位・英国の37秒36は世界歴代3位、日本の37秒43は世界歴代4位である。
ドーハを東京五輪で金メダルを取るためのステップとする。そう位置づけて臨んだ世界陸上は、サニブラウンの初メンバー入りが一番の注目点だった。バトン練習が不足しているサニブラウンが、どういうプロセスで日本チームの一員として役割を果たしたのか。
1走に当日起用された多田が好走
決勝の日本は1走を小池祐貴(住友電工)から多田に変更した。原則的に予選と決勝はメンバーを変えない方針だが、「小池君本来の走りができていないことが、数字的にもはっきりした」と土江寛裕五輪強化コーチがレース後に明かした。「控えの多田君も今年見たなかでベストの動きをしていたので、ここは多田君で行こうと判断しました」
その多田が期待に応える走りを見せた。
8レーンの米国は100m優勝者のC・コールマンで、その米国には明らかに離された。だが、7レーンの英国のA・ジェミリ(今大会200m4位)、9レーンの中国・蘇炳添(9秒91のアジア記録保持者)に差をつけられたようには見えなかった。差があったとしても僅かだったはずだ。
「緊張はしましたが、(いきなり走ることになっても良い走りができ)メンタル的には強くなっていると思います。今回は1走のレベルが高かったので、(自身の成長がどうか)なんとも言えませんが、力むことなく自分の走りができたと思います。ただコールマンには大差をつけられたので、走力的にはまだまだです。もっと成長して『1走は多田だ』と言われるようにしたいです」
予選まで1走を小池が走ったということは、ドーハ入り後の1・2走のバトンパスは、練習も含めて小池・白石でしか行っていない。
多田は14時のミーティングで出番が回ってきたことを知った。レースまで8時間しかない。
「ドーハ入り後は(同じ控え選手の)ケンブリッジさんとバトン練習をやっていましたが、白石とのバトン練習は決勝の前に1本やっただけです。若干(渡し手と受け手の間隔が近くなりすぎる)つまったバトンパスでしたが、そのときの状況を基準にレースでは修正しました」
本番で予定していた走順が変わっても、今の日本チームは対応できる。それが可能なチーム作りを、リオ五輪後の日本は目指してきた。
急きょ1走を任された多田の走りが、日本のメダル獲得へ勢いをつけた。
白石のバトンパスの対応力と“夢”
バトンパスは渡す方も、受け手が出す手に素早く、正確にバトンを入れる技術が必要で、見た目以上に高度なテクニックが求められる。もちろん、減速しない走りが大前提だ。
そして渡す側以上に、受け手がどうスタートをどう切るかが重要になる。サブトラックの少し詰まったバトンパスから、2走の白石はどう変更したのか。
「多田君の調子がドーハに入ってから良いのは、動きを見てわかっていました。マークの位置は直前練習と同じでしたが、練習は抑えた部分があったので、レースでは思い切り出ました。多田君なら絶対に追いついてくれると信じられましたし、僕も本番になればスピードが出る。良いバトンになると予想できましたが、その通りにできて良かったです」
決勝のデータはまだ出ていないが、予選の白石の2走区間タイムはリオ五輪と同じか、それ以上のタイムが出ていたという。決勝のデータはまだないが、米国のJ・ガトリン(100m銀メダル)、英国のZ・ヒューズ(100m6位)と遜色ない走りに見えた。
100mの自己記録では10秒19、今大会でも200m予選落ちと、個人成績では明らかに劣る。それでもバトンパスで思い切り加速できれば、世界のトップ選手とも変わらない走りができる。それが日本のリレーの強さなのだ。
白石と多田は同学年。昨年まで全国大会の決勝に進んだことがなかった白石にとって、前回の世界陸上で銅メダルを取っている多田は「同世代のスーパースター」だった。
「今年から多田君も僕と同じコーチの指導を受けることになり、日々の練習も一緒にしています。彼とバトンをつなぐことが僕にとって1つの夢でした。僕の勝手な夢ではあるんですが、スタジアムに入ったとき『夢がかないそうだ』と彼に言いました」
同学年選手同士の思いが、今回の日本チームには力となっていた。
3走で世界トップの走りを続ける桐生の功績とは?
3走の桐生は必ず期待に応える走りをしてくれる。
今回も見事なコーナーワークを見せ、2位の英国とほぼ並んで4走にバトンを渡した。胸一つ前に出ていたようにも見えた。米国と英国以外のチームとの差を広げ、3走終了時点ではっきりとメダル圏内に入った。
ドーハの決勝のデータはまだ出ていないが、桐生は銀メダルの16年リオ五輪では、3走の区間タイムで中国の蘇と並び世界ナンバーワンだった。17年世界陸上ロンドンではリオ五輪より0.04秒速かった。日本は3走の桐生で上位を確実にしてきたチームである。
そして3大会連続でリレーを走ってきたのは、桐生ただ1人。メンバーが入れ替わっても、3走の桐生を軸に2・3走、3・4走のバトンパスを組み立てられる。桐生が日本チームのノウハウを伝える役割を果たしてきた。
その間に個人でも、日本人初の9秒台となる9秒秒98を17年にマークした。これまでの国際大会では個人種目で力を発揮できなかったが(日本選手権で敗れてリレーだけの代表のこともあった)、今大会では準決勝3組6位。中盤までトップ争いを演じるなど持ち味を発揮した。
土江寛裕五輪強化コーチは今大会の走りを見て、「桐生はリレーには欠かせない」と3走の走りを再評価した。
予選では上手くいかなかった4走のサニブラウンとのバトンパスも、決勝はスムーズにいった。その点を桐生がレース後にコメントしていた。
「ハキーム(サニブラウン)の予選はまだ信頼がなかったのか、思いきり出ていない部分があったので、『そこはやめてくれ』と頼んだ。『思いきり出ても絶対に渡すから』と。それを信用してハキームも、決勝は思いきり出てくれたのかなと思う」
桐生の走りとアドバイスが、日本を銅メダルへと推し進めた。
サニブラウンのドーハでのバトン練習は?
サニブラウンは今回が初のリレーメンバー入り。200mで7位に入賞した2年前のロンドン大会でも、もちろんリレーメンバー候補だったが、200mの決勝で脚を痛めたため起用されなかった。前年までは高校生。バトンパスも高校生レベルの選手としか行ったことがなかった。10秒台後半の選手と9秒〜10秒0台の選手では、バトンパスのときのスピードがまったく違う。ロンドン大会前のバトン練習を、サニブラウンは上手く行うことができなかった。ケガがなくても起用されなかったかもしれない。
今年は7月のダイヤモンドリーグ・ロンドン大会で、サニブラウンも招聘して4×100mリレーを走る予定だったが、サニブラウンの故障で実現しなかった。世界陸上がぶっつけ本番。100mが終わって初めてバトン練習を行った。
100m準決勝の翌日は休みとして体力などを回復させ、2日後にジョッグをしながらバトンを渡していく“ジョッグ流し”を行った。このときにバトンパスを行う選手同士で腕の位置や手を上げるタイミングの確認などを行う。3日後には全力で行うバトン練習を、2本実施している。そこでいきなり「サニブラウンはポンとできましたね」と土江コーチ。
「フロリダ大では2走として、1走の100mが9秒96のナイジェリア選手とバトンパスをしているんです。桐生と同じレベルですから、大学でやっている足長(マークの位置)が基準になって、パッとできました。ただ、1本目は見た目の感覚として、もらってから走る感じでした。それを2本目では修正して、しっかり走り出してからもらう感じに変えられました」
本番の予選→決勝と同じことを、最初のバトン練習のときに経験していたわけである。
100mの4日後は休養日で、5日後には全力のバトン練習を1本行った。1回で合わなかったら2本目も行うが、桐生とサニブラウンは1回で合格点のバトンパスをして終了した。
その翌日に4×100mリレー予選が行われ、2組の日本は37秒78で2位。南アフリカに0.13秒先着され、1組に強敵の英国、米国がいたことを考えると、決勝ではメダルも簡単な状況ではなかった。サニブラウンの走力は安心感があったが、ゆっくり出てしまい、バトンを受けてから加速した。その局面でタイムをロスしていたのは明らかだった。
「試合になると恐怖感も生じます」と土江コーチがそのシーンを説明した。
「練習ではスムーズにできても、試合では思い切り出ることができなくなる。それが予選では出てしまいました。決勝は失格してもいいから思いきり行けるように、桐生は必ず渡すという信頼関係を作って臨みました」
日本のバトンパスには、気持ちの要素が入ってくる。土江コーチはリオ五輪の頃からそう言い続けてきた。
「あいつが入っても大丈夫だと、他のメンバーが感じることが重要なんです。本人の自信の有無もそうですが、『本当に大丈夫か』と周りが思ってしまうと、バトンパスが上手く行きません。だから練習が必要で、できれば試合もやっておきたい。今回は結果的に短期間で仕上げることになりましたが、良いチームに準備ができた。これでサニブラウンは大丈夫だとみんな感じたと思います」
サニブラウンは桐生とのバトンパスについて、レース後に次のように話した。
「あまり自分ではわからなかったのですが、でも、いい形でもらえたかなと思う。決勝で足長は変えていません。桐生さんを信じて思いきり出ました」
サニブラウンが日本チームに溶け込んだこと。それがドーハの銅メダルへの決め手となった。
東京五輪の金メダルには個人の走力アップが不可欠
日本はリオ五輪銀メダル時に出した37秒60のアジア記録を、大幅に更新した。それでも銅メダルだった。日本チームの進化は示したが、それでも金メダルには届かない。金メダルを目標とする東京五輪に向けての課題は、個人の走力アップに尽きる。
「バトン自体は日本が一番うまいと思っていますが、走力の部分でもう一段階から二段階上げていかないと、金メダルは全然見えてこない。個々でもっと速くならないといけないなと感じた試合でした」
こうサニブラウンが言えば、桐生も異口同音に話した。
「37秒43はタイム的にはよかったと思いますが、ここからは個々の走力を上げていかないと。アメリカであったり、イギリスであったり、南アフリカであったり…。ほかの国がバトンを練習してきたら対抗できないと思うので、個々の走力を上げて、それにプラス、バトンで勝負していきたい。それこそ全員が(100m)9秒台、(200m)19秒台で走れば、米国が見えない位置ではない。そこを来年の目標にしていきます」
課題が浮き彫りになったが「誰が、どういう走順で走ってもバシッと行けるチーム」(土江コーチ)は、かなり完成に近づいてきた。今回走った5人に加え、リオ五輪メンバーだった山縣亮太(セイコー)、飯塚翔太(ミズノ)、ケンブリッジ飛鳥(Nike)が控えている。
16年以降のダイヤモンドリーグや世界リレーも含めた国際大会で、どの走順も複数の経験者がいる。1走は多田、小池、山縣、2走は白石、飯塚、山縣、多田、3走は桐生、小池、4走はサニブラウン、白石、桐生、藤光謙司(ゼンリン)。来年の東京五輪で誰がメンバーに入ってくるかはわからないが、現状でも誰が入ってきても37秒台前半は出る。
あとは桐生たちが言うように、個々の走力をどこまで引き上げられるか。土江コーチも「走るスピードが速ければ、バトンパスも速くなる」と、繰り返し話している。渡す選手は速いスピードで駆け込み、受ける選手は速いスピードで飛び出す。バトンパスの技術を研くことで、速いスピードの受け渡しが可能になる。
「今回の収穫は、恐怖感もある決勝の舞台で思い切り出て、ぎりぎりのバトンを狙ってしっかりとできたことです。その結果、アジア記録を更新して2位の英国には0.07秒まで迫りました。ずっと積み上げてきたバトンパスに、走力が伴ってきたからです。米国や英国はちょっと前まで、とても戦えるとは思えなかった相手。それが今は、あわよくば、というところまで来ている」
1年後の東京五輪はすぐにやってくる。今回失敗していたら、金メダルという目標にストレスを感じる状況になっていただろう。しかし世界歴代4位の銅メダルという結果で、金メダルを現実的な目標としてワクワクしながら挑戦することができる。
日本はドーハで、その段階に確かに達した。
寺田(てらだ) 辰朗(たつお) プロフィール】
陸上競技専門のフリーライター。
陸上競技マガジン編集部に12年4カ月勤務後に独立。
専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報を紹介することをライフワークとする。
一見、数字の羅列に見えるデータから、その中に潜む人間ドラマを見つけだすことは当代随一。
地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと言う。
選手、指導者たちからの信頼も厚い。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。

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