振り回された3年、八ッ場・温泉街の今(群馬県・八ツ場ダム)

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 前回の総選挙で民主党が掲げた看板政策が、「コンクリートから人へ」。中でも、政権交代の象徴となった群馬県・八ツ場ダムは工期の遅れによって、結局事業費は見込みより50億円も膨らんでしまいました。地元の人々は迷走する政治に振り回されたこの3年間を怒りを込めて振り返ります。

 群馬県の山あいにたたずむ温泉街。八ツ場ダムの建設に伴って大部分が水没するこの町で、秋の収穫を祝う祭りが行われました。祭囃子とともに聞こえてきたのは、政治への根深い不信感です。

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 「僕らは国と約束をして契約を結んだので、法律に基づいてちゃんと守ってもらいたい」(川原湯温泉協会・樋田省三会長)

 「この3年間、本当にひどい目にあった」(水出耕一さん)

 「真正面ここ。左側がうち柏屋。木造3階建てのものが建ってて」(「旅館柏屋」豊田幹雄社長)

 江戸末期創業の老舗旅館を経営してきた豊田さん。八ツ場ダムの水没予定地にある旅館を一昨年休業しました。今は、国が用意する移転先に新たな旅館ができるのを待ち続けています。

 「(移転費用の)原資を食い潰して生活しているような状態なので、再建が遅れれば遅れるほど今までの常連さんが離れてしまう」(旅館柏屋 豊田幹雄社長)

 3年前。「コンクリートから人へ」のスローガンを掲げて政権を獲った民主党。その象徴が、八ツ場ダムの建設中止でした。

 「マニフェストに書いてあることですので中止をしますけども」(前原誠司国交相〔当時〕2009年9月)

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 しかし、ダム構想の浮上から60年。ダムを受け入れてきた地元などが、一方的な建設中止に猛反発。

 「昔からさんざん(ダム建設に)反対して、自分の生まれた故郷を犠牲にして(国が)決めたことなんだから しょうがないだろうということで、やっと移転に向けて動き始めたのに、それを中止と言われたら、今までこれを捨てたのは何だったんだという話」(「旅館柏屋」豊田幹雄社長)

 その結果、中止宣言から2年後の去年12月。

 「八ッ場ダムの事業継続を決定しました」(前田武志国交相〔当時〕2011年12月)

 政府は押し切られるように、再び建設再開に舵を切りました。

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 「移転先の整備は全然進んでいない」(豊田幹雄社長)

 しかし、移転先の整備にはめどがたっていません。温泉街を離れる人も増え、20軒あった旅館は5軒を残すだけになりました。

 「ホントに無駄な3年間だったし時間を返してくれ」(豊田幹雄社長)

 政権を担当した3年間で、公共事業費を32%削減したと胸をはる民主党。

 「公共事業費は3年間で32%減。如実に税金の使い道は変わった」(民主党・前原誠司政調会長〔当時〕9月)

 しかし、八ツ場ダムは工期の遅れによって事業費が50億円膨らんだほか、この3年間には、整備新幹線3区間や東京外郭環状道路の未着工区間の建設などにもゴーサインが出されてきました。

 「少し甘くなっていたことは否めないと思う」(岡田克也副総理〔11月16日〕)

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 さらに、被災地以外の公共事業などに復興予算が投入され、168億円が執行停止になるなど査定の甘さも。

 「基礎的な基盤、インフラ投資は堂々とやっていく必要がある」(自民党・安倍晋三総裁)

 一方の自民党も国土の強靭化などを掲げ、防災目的の公共事業にまい進する構えです。

 かけ声倒れに終わろうとしている「コンクリートから人へ」。政治に翻弄されてきた温泉街の土産物店のおかみは、あきれ顔でこう語りました。

 「(ダム構想から)60年ですからホントにもう自分の人生が思うように生きられないのですから。ホントにつらいですよ」(「お福の店」樋田ふさ子さん)

2012年12月16日 よる7:57から放送

総合司会
堀尾正明
キャスター
膳場貴子
スペシャルプレゼンター
上田晋也(くりぃむしちゅー)

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