倉持の父:渡瀬恒彦

倉持岳志の父。若い頃は、船乗りであり、日本人として始めて南極の地に立った「白瀬探検隊」の乗組員となる。明治43年(1910年)、白瀬中尉を中心とする約30名の船乗りが未知の大陸「南極」に挑むが氷河にしか到達できず、無念にも帰国。「オーロラ」「白夜」「氷河」「皇帝ペンギン」「アザラシ」「クジラ」など、子供にとってまさに「夢の国」の話を幼少の倉持に語り聞かせる。中でも、“神の山”と云われ未だ人類が登頂していない高峰「ボツンヌーテン」に登ってみたいと幼少の倉持に語っていた。息子の倉持が南極大陸に人並み以上の関心を持たせたのは父親の影響である。倉持と父と母の三人家族だったが、両親共に戦時中の空襲によって他界。

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