コラム

第2回

2019.9.7 0:00

設楽悠太
時代を動かした前日本記録保持者の設楽
特徴は独自の連戦調整法と“マイペース”

時代を動かした選手といえるだろう。
高岡寿成が2002年シカゴでマークした2時間06分16秒の日本記録を、設楽悠太(Honda)は昨年2月の東京マラソンで2時間06分11秒と5秒更新した。設楽に続き、10月には大迫傑(ナイキオレゴンプロジェクト)が2時間05分50秒の日本新を出し、18年シーズンには井上大仁(MHPS)も2時間6分台、服部勇馬(トヨタ自動車)も2時間7分台と日本男子マラソン界は久しぶりの好記録量産に沸いた。
時代を動かしたのは設楽の、前例にとらわれない競技スタイルだった。

■設楽悠太(マラソン全成績)
回数|年月日|大会|順位(日本人) 記録
1|2017.2.26|東京|11位(3) 2.09.27.
2|2017.9.24|ベルリン|6位(1) 2.09.03.
3|2018.2.25|東京|2位(1) 2.06.11.
4|2018.12.2|福岡国際|4位(2) 2.10.25.
5|2019.7.7|ゴールドコースト|1位(1) 2.07.50.

想定以上の軌道に乗った連戦調整法

設楽は予定していた3月の東京マラソンを体調不良の影響で回避したが、7月7日のゴールドコースト・マラソンに出場。2時間07分50秒と自己2番目の好タイムで優勝した。
7分台は日本人では過去18人しか出していないし、五輪選考レースの2カ月前に2時間7分台で走った選手が現れたのは、日本のマラソン史上初めてのことだ。その時期にマラソンを走ること自体、川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)など例外もいるが、エリート選手ではほとんどいない。
設楽は出場理由を問われても、「特にないです」と素っ気ない。「タイムとかが目的ではなくて、とにかく全力で走るだけです」
ゴールドコーストの1週間前には日本選手権5000mを走った(13分47秒31で8位)。5000mとマラソンを連続で走るのは設楽も初めてだったが、その組み合わせ方にも特別な理由はなかった。しいて言うなら直感的に、プラスに働くと感じたからだろう。

ゴールドコーストの2週間後には、ホクレンDistance Challenge網走大会の10000mも走った。日本選手権優勝者の田村和希(住友電工)や大迫らには後れをとったが、マラソン直後の28分17秒38(8位。日本人5位)は誰にも真似できない。
厳密に言えば3大会ともMGCに合わせるためのレースではあるが、調整のために走る意識は設楽には微塵もない。目の前のレースに全力投球するのが設楽流だ。
この連戦スタイルは、マラソン2戦目の17年ベルリン時にはまだ不完全だった。8日前のハーフマラソンで1時間00分17秒の日本新を出したが(それだけでもすごいことだが)、ベルリンは2時間09分03秒の6位。失敗ではなかったが、雨で路面が良くなかったこともあり、中途半端な結果に終わった。

18年2月の東京マラソンは、11月から10000m(27分41秒97の自己新)、10マイル(約16.09km。45分58秒)、ニューイヤー駅伝4区(22.4km。区間賞)、全国都道府県対抗男子駅伝7区(13km。区間賞)、ハーフマラソン(1時間01分13秒)、10マイル(46分12秒)と連戦して日本新をマークした。
しかし昨年12月の福岡国際は連戦が不十分だった。東京マラソン時の故障が長引き、レース復帰は9月にずれ込んだ。5000m、10000m、東日本実業団駅伝7区(12.9km)、ハーフマラソンと連戦はしたが、タイムはいまひとつの状態で福岡に臨んでいた。
福岡の結果は2時間10分25秒で4位(日本人2位)。ニューイヤー駅伝も、年末に体調を崩して初めて欠場した。
それに対してMGCに向けては、4月の5000m(13分35秒70)から始まり、5月のハーフマラソン(1時間01分36秒)と10000m(27分53秒67)、そして前述した6〜7月の3連戦で想定以上のタイムで走ってみせた。
ゴールドコーストから帰国時に設楽は、「(MGCは)今走っても勝てます。自信しかない」と言い切った。

今回の連戦のこれまでと違う点は?

設楽流の連戦に細かい決まりはない。
レースの距離も、レースの間隔も毎回異なり、今回にいたってはマラソンさえ連戦に組み込んだ。その根拠は設楽の直感的な部分での判断としか言いようがない。とにかく連戦の流れにさえ乗れば、設楽はなんとかする。

今季はニューイヤー駅伝を欠場することになった体調不良から、なかなか復帰できなかった。その間も小川智監督は「まずは試合に出ること。試合に出ればどう修正していくか本人もわかるし、こちらも気づくことがある」と復帰への道筋を話していた。
その意味では復帰初戦、4月の金栗記念選抜中長距離熊本大会5000mで13分35秒70だったことが設楽を良い流れに乗せた。「3月中旬にポイント練習を再開したばかりでしたから、(あのタイムで走る)予兆はまったくありませんでした」と小川監督。
「2週間前の東日本実業団連盟の合宿では、Aグループで最下位でしたし、熊本は久しぶりのレースで前半は体が動かなかった。中盤までは最後尾を走っていましたから。そこからレースの感覚を思い出して、自分で動きをコントロールした。ランナーの本能とでもいうべき部分でしょうね。翌月のハーフマラソン、10000mへとつなげていきました」
6〜7月の連戦も設楽が判断して試合を決めたが、小川監督たちスタッフも細心の注意を払って設楽を観察していた。
「ゴールドコーストで2時間7分台を出しましたが、(脚を痛めた)東京マラソンと違って無理はしていません。2週間後の網走に出るかどうかは、マラソン後の状態を見て決めるつもりでした。つなぎの練習の走りを見ても、疲れはあっても故障をする走りではなかった。本人も『大丈夫です』と言うので出場しました。大迫君たちに負けて悔しさもあったと思いますが、予定通りです」

連戦パターンの違いは、8月以降はレースに出場しない点にも現れている。
手頃なレースが国内に見つからなかったからだが、暑さの中で冬場のように試合をしてダメージが残るリスクを回避した、と見ることもできる。
夏のマラソンは走った経験がなく未知数の部分ではあるが、小川監督は「暑さへの苦手意識はありません」と言い切る。
7週間レースに出ないことになるが、「試合の負荷を練習でかけて、レースがないなりに組み立てていく。元々Hondaでは、実戦的な練習を行っています」(小川監督)という。

その1つが双子の兄の設楽啓太(日立物流)との合宿だ。
8月後半に北海道紋別町で行い、厳しい起伏のあるコースで追い込んだ。啓太もMGCと同じ9月に開催のベルリン・マラソンに出場する。兄弟で練習するのは東洋大時代以来で5年ぶり。レースと同じタイムで走ったわけではないが、設楽の本能的な部分でレースに近い刺激が入ったと思われる。

設楽のマイペースはハイペース

設楽のマイペースぶりは試合選択だけでなく、走り自体にも現れる。「自分のリズムで走りたい」と言い、他の選手に引っ張ってもらうことなどまったく考えない。
それが顕著に現れるのがニューイヤー駅伝最長区間の4区である。入社1年目の15年大会、16年大会、18年大会と区間賞を3回取った。いずれも後方から一気に追い上げ、駆け引きなしで飛ばし続ける。3大会でのべ20人抜きをやってのけた。

初マラソンの17年東京のマイペースもすごかった。元世界記録保持者のウィルソン・キプサング(ケニア)が世界記録更新を希望したため、第1ペースメーカーは中間点を1時間01分21秒で通過した。日本選手がそれに付くのは無理で、第2、第3ペースメーカーも用意されていた。
ところが、第2ペースメーカーが第1につられて一緒に走ってしまい、設楽や井上大仁(MHPS)は自分たちでペースメイクをするしかなかった。井上は10kmを29分13秒で通過後に5km毎を15分台ヒト桁の通常ペースに抑えたが、設楽は1人になっても超ハイペースを維持し、20kmを58分34秒とた。中間点通過は1時間01分55秒である。
30km以降はペースダウンして井上に抜かれたが、2時間09分27秒(11位。日本人3位)で走りきったのだ。
それが日本記録を更新した18年東京マラソンでは、設楽のマイペースに若干の変化が生じた。中間点通過は1時間02分44秒で前年より約50秒も遅かった。これは先頭集団のペース自体が前年より遅く、設楽もそこについて走ったためである。

その分、後半のペースダウンも少なく、設楽は全体で2位に入った。ラスト2.195kmも6分40秒と速かった。設楽が駅伝のようにマイペースで飛ばすだけでなく、マラソン用に我慢することも覚えた結果だろう。
16年ぶりの日本記録更新に話題は集まったが、2時間3〜5分台の選手が大挙出場していたワールド・マラソン・メジャース大会での2位は、世界的には記録よりも評価されたのではないか。
設楽はゴールドコーストでも最後の2.195kmを6分48秒で上がった。
ハーフマラソンに59分47秒と世界レベルの記録を持つゼーン・ロバートソン(豪州)と、2月の香港マラソン優勝など安定した強さのあるバルナバス・キプツム(ケニア)を40km以降で引き離した。

MGCではどうするか。
集団で我慢することを覚えたといっても、設楽を他の選手と差別化するのはマイペースの部分である。暑さなど気象条件によって変わってくるが、設楽自身のコンディションが良ければ、MGCでも自分のペースに持ち込もうとするのではないか。残り2.195kmの勝負は、最後の最後の手段だろう。
設楽のマイペースは、冬場と同じではないが、間違いなくハイペースである。30kmからの勝負、ではなく、30kmまでに勝負と考えていても、何の不思議もない。

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