報道の魂
ホウタマ日記
2016年03月28日 『猫と鮭』 〜「ナラハ リターン ノーリターン」放送後記 (丸山 拓)
猫と鮭の話を書いておこうと思う。

福島第一原発で事故が起き、一斉に避難が始まった時、山の上のキャンプ場で暮らす石崎美恵さんは下がどうなっているのか、まったくわからなかった。

知り合いの女性から「これからみんなで逃げるから迎えに行く」と電話があったが、キャンプ場に続く道の途中で崖が崩れ、車が通れなかった。地震から2日目の夜10時頃、警察官が5キロの山道を歩いて登ってきてくれた。足の悪い石崎さんは担架に乗せられて山道を下りたが、飼っていた猫の「クロ」は連れていけなかった。

一緒に取材に通っていた音声担当の中島多恵が、テレビの仕事を辞めた後も楢葉町に通っていたことは放送で触れたが、「クロ」を見つけたのも中島だった。地震から2か月後、キャンプ場にある家の様子を見に行った時のことだ。

キャンプ場の炊事場のシンクのちょっと下に…いました。もう見つけた瞬間、死んでるとわかったんですけど」

その時に中島が撮った写真を見た。キャンプ場の木の下に穴を掘り、「クロ」を埋め、土盛りをして、石が置かれていた。部屋に残っていたお線香が、静かに供えてあった。

避難指示が解除された楢葉町では5年ぶりにサケ漁が再開された。5年も放流をしなかったので、いま楢葉に戻ってくるのは、ほぼ自然産卵の鮭だけだ。放流していた頃の十分の一ほどに減っている。今回の漁で取れた卵から最初に生まれた赤ちゃんに出会えた。この稚魚たちが放流され、大きくなって楢葉の川に帰ってくるのは4年先になる。

7363人いた町民のうち、楢葉町に戻ってきたのは、まだ500人もいない。ふ化場で働く鈴木謙太郎さんは生まれたばかりの稚魚を見ながら言った。

「4年後にはまた多くの鮭が町に戻ってくる。その頃には風評被害なんかも今より無くなって、町に戻ってくる人も、今よりかなり多くなっていると思うんですよね。そのために少しずつ、いろんな努力をしながらやっていきたい」

僕は生まれたばかりの鮭の稚魚に心の中で話しかけた。

「おい!おまえは4年たったら楢葉の川に戻ってくるのか?」

答えるはずもないが、ちょろちょろ動くそいつは頷いたようにも見えた。4年たったらもう一度、楢葉の川に鮭を探しに来ようと思う。

丸山 拓
TBSトップページサイトマップ Copyright(C) 1995-2024, Tokyo Broadcasting System Television, Inc. All Rights Reserved.